
―――どのような子どもでしたか?
親が音楽好きで、幼稚園の頃から親に連れられてライブハウスでロックのライブを観たりしてました。今はもう全然弾けないけど小3から3~4年ピアノを習ったり、なぜか尺八も習ったな(笑)。
小学校3年のときに東京から伊豆に引っ越しました。別荘地の何もないところで、バスは1時間に1本。小学校までは40分掛かるし、友だちもいないから、兄と妹2人の4人兄弟で遊ぶしかなくて、よくみんなで楽器を弾いてました。それが今でも影響していて、友だちと遊ぶより、家で家族と過ごすほうが好きですね。
クラシックからロックまでいろんな音楽を聴いていたけど、テレビをつけない家だったから、学校で流行ってるアイドルの曲とかは全然知らなかった。アニメとかも知らないから、クラスの中では「あいつだから仕方ない」という感じでした。だから、今だに同世代トークの懐かしのアニメやアイドルに全然ついていけないですね。
でも、漫画は読んでました。肉体派じゃないインドアっ子だから、『少年ジャンプ』に連載されていた、『北斗の拳』とか『魁!! 男塾』みたいな男臭くて筋肉隆々な漫画に憧れてました(笑)。

―――ギターとの出会いは?
中学になってやっと自分が好きな音楽を聴き始めたんです。電車で30分くらいの場所にあるレンタルCD屋に連れて行ってもらったのをきっかけに、手当たり次第借りて、週に1回そこに行くのが唯一の楽しみになりました。借りてきたらカセットにダビングして、歌詞カードも全部コピーして、インデックスを書いて……。それだけでも楽しかった。
BOØWYというバンドに憧れて、自分もやってみたいと思うようになってギターを練習し始めたんだけど、友だちもいないし、田舎だったから周りの子たちもそういう感じじゃなくて、一人でドラムもベースもやって多重録音して楽しんでたんですよ。チームプレイよりも一人でレコーディングするほうが好きなのは、その辺からきているのかもしれないですね。
東京に出たのは高校生のとき。軽音部に入って憧れだったバンドを組むことができたんですけど、みんな学園祭に向けてやってる感じだったから、ちょっと物足りなさを感じていました。みんなコピーバンドをやりたがるんだけど、そのころ僕はオリジナル曲を作ってて、それをやりたかったのに共有できる人がいなかったから、また一人でやってましたね(笑)。
―――ロックからフラメンコに移行したのはなぜですか?
エレキギターでは多重録音はできるけど、エレキ1本での演奏はキツい。ブルースとかラグタイムとか、アコースティックギターだとソロのスタイルがあるんですよ。自然とソロギターに興味が芽生えてきて、今さらだけどやってみようと思って、語学留学でカナダに行ったときに、クラシックギターを始めてみたんです。
それまで「ロックは習うもんじゃない」と、人に習うことに抵抗があったんですけど、習ってみたら、周りにびっくりされるくらい指が動くほうだったらしく、「もしかして俺スゴイ?」と、調子に乗っちゃったんです(笑)。カナダの先生から「アメリカの音楽院に自分の知り合いの先生がいて、彼が自分の家にホームステイして良いって言ってるから、アメリカに留学してみたらどうだ?」と言ってくれたんです。今思えば目を掛けてくれてたんだと思うんですよ。音楽院への入学許可がおりて、飛行機のチケットも取ってくれて、あとは行くだけという状態だったんですけど、フラメンコギターに出会って迷ってしまったんです。学校は9月から始まるので、カナダから日本に一時帰国して準備をしていたんですけど、そのわずか数ヶ月で出会っちゃったんですよ。きっかけはビセンテ・アミーゴという人のカセットテープ。それまで持ってたフラメンコの「民族の血」みたいな土着的イメージと全然違って、洗練されてて音楽的でした。衝撃を受けて、すぐに魅了されましたね。
クラシックギターとフラメンコギター、2本の道が目の前にあり、悩んで親に相談したら怒られました。これまで真面目に勉強してこなかったのに、音楽院に入れることになって、親は安心してたんでしょうね。でも反対を押し切ってフラメンコを選んでしまったんです。
―――なんでフラメンコギターだったんでしょう?
いくら考えてもわからないんですけど、こじつければ、クラシックってすごくアカデミックな世界で、英才教育の世界でもあると思うんですよ。そういうのがイヤでロックをやってたということもありますし、兄や母がクラシックギターをやっていた反発心みたいなのもあったのかもしれない。いまいちハマりきれなくて、カナダでもクラシックギタリストがやらないようなストリートパフォーマンスをして小銭をもらったりしてました。
その点、フラメンコギターは野獣のような人がちょっとイッちゃった顔でワイルドに弾いてたりするのが、ロックにリンクするものがあったんです。あと、まだ未開拓のジャンルだったから、リズムも弾き方もわけわかんなくて。ギター小僧だから、興味がわいちゃったのも理由のひとつだと思います。

―――クラシックギターとフラメンコギターの違いとは?
クラシックギターとフラメンコギターの構造は、ほぼ同じです。だからクラシックギターでフラメンコギターっぽく弾くこともできますし、村治佳織さんにフラメンコギターをクラシックギターっぽく弾いてもらうこともできると思います。多分、嫌がると思いますけど(笑)。
細かい違いを言えば、表面を保護するためのゴルベ板が貼ってあったり、サイドの幅が狭くて薄いので叩くとパーカッシブな音が鳴るとか、薄いから、音の立ち上がりが鋭くて、歯切れの良い音色になるところですね。厚いとクラシックギターのようなふくよかな音色になるんです。
でも一番の違いは弾き方。フラメンコギターは、ジプシーの人たちが非人道的な扱いを受けていた時代に出てきた音楽スタイルだから、激しいんです。美しさを追求するのがクラシックギターなら、フラメンコギターはもっと刹那的で衝動を表現しようとする。楽器が壊れんばかりに激しく弾くし、ボディを叩く。だから、そういう奏法に耐えられるようになってるんです。
―――フラメンコギタリストとして心掛けていることは?
初めてフラメンコギターを聴く人に「どれだけ伝えられるか」ですね。そこへのチャレンジが、僕が活動する大きな意義だと思っています。スペインにも素晴らしいプレイヤーがいっぱいいるけど、聞いても「なんだか難しくてよくわからない」という感じで終わっちゃう人が多いんです。でも、それはすごくもったいないですよね。
僕はフラメンコギターのいろんな楽しみ方を提供しているつもりです。そしてお年寄りでも小さな子どもでも共通して、その人が持っているエネルギーを引き出して、家に帰るときには来たときよりも元気になってもらおうと思ってます。だから、そういう感想を言ってもらったときには嬉しいですね。
民族音楽だからわかりやすく分解し過ぎるとズレていくので、民族音楽へのリスペクトと、目の前のお客さんへのリスペクト。その二つが重なるところでの表現を目指しています。
―――どのように曲を作っていますか?
ギターを弾きながら「面白いな」と思うフレーズや和音、アイディアを探します。音遊びみたいな感じで弾いていると、それが音楽的ヒントになる。それと日常のなかでグッときたことや思い出が結びついて曲になるんです。土の中に埋まっているものを掘り当てていくような感じですかね。
最近作ったのは、ラジオ用に作ったものですが、スペイン語で“子どもたちへ”というタイトルにした明るい曲です。作りながら自分の子どもが駆け回ってるイメージとリンクして、ここで遊んで、ここで転んで泣いて、夜疲れて寝ちゃうみたいな、曲の展開ができました。
オファーをもらって作る場合と、自発的に作る場合があるけれど、表現者としてやりたいと思ってるから、自発的に作る曲のほうが自分のやりたいことに近いものだと思います。



―――共演アーティストの幅が広いですよね。
僕が普段聴いているのはフラメンコばかりじゃないし、日本語の歌詞にも感情移入する。懐メロにもグッとくるし、普通の日本人の感覚です。だから他ジャンルに入っていくことにも全然抵抗がないし、もっと広くできると思ってます。もともとロック出身だし、他のジャンルのアーティストと共演すると、気を許すとどこまでもそっちに寄っちゃう(笑)。
これまで共演した方の多くは、向こうから声を掛けてきてくれた人たちで、音楽の幅を広げようと僕にオファーしてくれてるんです。だから僕も応える。僕も好きになって演奏するのが伝わるんでしょうね。「スペイン人のギタリストをわざわざ呼んだけど、凄すぎて混じり合わなかった」などとおっしゃる方が多かったですね。やっぱり好きじゃないと一緒にできないんですよ。
フラメンコギターという楽器は、すごくポテンシャルが高いので、単なる民族楽器に留めておいたらもったいない。だからこそ、フラメンコの神様がいるとしたら、他ジャンルと共演するときだって神が宿ってるプレイをしないといけないと思っています。
―――沖さんにとっての「伝える」とは?
音って振動じゃないですか。弦が振動して楽器を振るわせて、空気を振るわせて、聴いた人を振るわせる。楽器の前に自分の心も振るえているし、振動によって心と心がつながっているから、伝える手段としてダイレクトだと思うんです。
気をつけなきゃいけないのは、自分がまず振るえてなきゃいけないということ。日常的に音楽を弾いていると、それを忘れてしまうことがあるんですよね。不感症に陥ることは誰でもあるけど、指が動いているだけのプレイでは、何も伝わらないと思うんです。
―――いま「伝えたいこと」を色紙に書いてください
「Cariño」。愛情という意味です。僕にとって音楽って愛情の結晶だと思ってるから、まずは自分自身と家族に愛情を注いで、楽器に注いで、共演者に、支えてくれるスタッフに、そして聴いてる人へと広がっていく。愛なくしては広がっていかないんですよね。
取材陣がお邪魔したのは、沖さんのプライベートスタジオ。情熱的なフラメンコギターの生演奏と、家族と過ごすのが好きという穏やかな一面のギャップが魅力的な方でした。

沖仁 (おき・じん) 【フラメンコギタリスト】
1974年生まれ。14歳より独学でエレキギターを始める。高校卒業後、カナダで一年間クラシックギターを学ぶ。その後、スペインと日本を往復し20代を過ごす。一時帰国中の1997年、日本フラメンコ協会主催新人公演において奨励賞を受賞する。2000年5月帰国。 2006年、3rdソロアルバム「ナシミエント〜誕生〜」でメジャーデビュー。同年12月には、NHK「トップランナー」に出演。07年4月〜NHK大河ドラマ「風林火山」紀行テーマ曲を担当。2010年7月、スペイン三大フラメンコギターコンクールのひとつ「第5回 ムルシア "ニーニョ・リカルド" フラメンコギター国際コンクール」国際部門で優勝。日本人として初の快挙を成し遂げた。同月、5thアルバム「アル・トーケ〜フラメンコの飛翔〜」をリリース。9月にはデビュー10周年ベストアルバム「MI CAMINO〜10年の奇跡〜」をリリース。同月、コンクールに挑む様子を密着取材したTBS系「情熱大陸」がオンエアされ、大きな反響を呼ぶ。現在は東京を拠点にし、ソロ活動を中心に、国内外のアーティストとの共演、プロデュース、楽曲提供等を精力的に行っている。
沖仁オフィシャルサイト(http://jinoki.net/)
沖仁オフィシャルブログ「沖仁日記」(http://jinoki.dreamlog.jp/)