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古田貴之(後編) / ロボットクリエーター

―――たくさんの学校で授業をされているそうですが。
 ボランティアでいろんなとこに行ってますよ。兵庫県に難関高校として知られる灘高校っていう有名な高校があって、そこにも授業に行ってます。進学校に行けば行くほど、理系コースに人が多いんです。理科離れもどこ吹く風。でもね、理系コースの人は多いんだけど、その多くは医学、薬学、歯学系志望で、「ものづくり? 何がいいの?」という感じで工学へ行ってくれないんです。
 あるとき灘高の生徒たちに、「数学好き?」って聞いたら、「あんなのやれば簡単だから100点取れるけど、好きじゃない」って言うんですよ。「数学が何の役に立った?」って尋ねたら、「消費税の計算」って言うんだけど、それは数学じゃないし、確かに僕も日常生活で数学が役に立ったことなんて1回もないんですよ。これが意味するところは簡単です。英語は勉強すれば英会話が楽しい。英語圏の映画を字幕なしで見れる。歴史を勉強したら、修学旅行が楽しくなるし、ドラマの『龍馬伝』や『仁』とかも楽しくなるかもしれない。国語を勉強すると、文学小説が楽しくなるだろう。でもね、数学・物理・化学は、修学旅行や映画やドラマに当たるものが何もない。たとえばニュートンの法則だって、数学の微積だって、英語で言えば、現在進行形とか単元や単語みたいなものですよ。あれを使ったものが日常生活にはどこにもないじゃないですか。
 でもロボットって、数学や物理とか技術の集大成。「君ら三角関数やった? 何の役に立った?」って言っても、「知らねー」だったのが、ロボットを見せながら、「三角関数を勉強すれば、関節の角度が分かって、ロボット制御がすぐできるんだよ」と言うと、「おぉぉ!」って。灘は三角関数とか微積を勉強する前に、僕を呼んで授業させるようになってから、数学の平均点が10点以上あがったんだって。興味を持つって大事だよね。

 

 

―――話題の「ロボット解体ライブ」とは?
 ロボットの構造を僕がスライドを使って解説するだけじゃダメだから、実際に生徒たちにロボットを分解させる体験をさせようって考えたのが始まりです。百聞は一見にしかずと言いますからね。最近は何でもバーチャルじゃないですか。でも僕はリアルでロボットを手でさわったときの質感とか、硬さとか、ギアの音、ねじを回したときの感触、視覚とか、人間の五感をフルに使って、みんなに感じとってほしいんですよ。だから、材料費だけで3000万するロボットを子どもたちに分解させることにしたんですよ。
 第1回目は2004年に日本科学未来館でやりました。200人の定員のところに800人。2番目に上がった9歳の男の子は、精密ドライバーの扱いに慣れていて、どんどん解体していくから、「うちの研究所に来ないか」とスカウトした(笑)。
 それからさかのぼること3~4年前、鉄腕アトムの誕生の前の年と、その年とを祝って、パシフィコ横浜で「ROBDEX」というロボットの大きな展示会がありました。当時、僕はまだ文科省の外郭団体のロボット研究グループのリーダーで、morphというロボットを持っていってデモをしてたんですよ。デモとデモの間に、「わ~っ、ロボットだ~!」と、幼稚園の年長さんくらいの子どもが5人くらい集まってきたんです。僕、子どもが好きだから、当時のボスでソニーのコンピューターサイエンスラボラトリーの所長の北野宏明さんがいないときに、「次のデモまで2時間あるから待てねえだろ。デモになると、人だかりで見えねえだろ」って言って、バッグヤードに連れてって、ロボット出して、子どもたちに「ほれ遊べ~」って渡したんです。
 子どもたちは喜んじゃって、「どうしたらお兄ちゃんみたいな博士になれるの」って尋ねるから、「君らのころには、僕はいろんなもの分解して壊しまくってたな。とりあえずはドライバーでいろんなもの分解しまくれ」って言ったんですよ。そしたらそのうちの1人が、それを真に受けて、帰りに横浜のハンズでドライバーと精密ドライバー一式を買ってもらって、その日から、ありとあらゆるもの分解し始めたらしいんです。その3年後、ロボット解体ライブで、「やりたい人!」「ハーイ!」と手を挙げた何百人の中から偶然にもその子を引き当ててしまった。
 だから解体ライブでも精密ドライバーの扱いがうまかったんですね。もうノリノリで分解していくんですよ。3年間、ほぼ毎日ありとあらゆるものを分解してたんだって。当時まだ高かった、買ったばかりの37万円の液晶テレビを買ったその日に分解されて、もとに戻らなかったときには泣いたってお母さん言ってましたね(笑)。
 でもね、この子は将来ロボット博士になる。1人ゲット。伝えるのは、もののビジュアルじゃなくて、その「魂」ですよ。やってみるということは素晴らしい。

 

 

―――なぜ対象は大人ではなく子どもなんですか?
 「宇宙刑事シリーズ」とか昔の特撮は、小学生を拉致してきていじめてたんです。戦うのは大体教室の中。当時高校生だった僕は、「製作費が足りないからそうしていたんだ」と思ってたんだけど、あの本質はそこじゃないんですよ。子どもは未来の大人だから、子どもを洗脳すれば、未来を洗脳できるんです。あの人たちは多分、それを狙って子どもたちをさらったんです。
 実はね、最近の僕のテーマは「ショッカー大作戦」。子どもたちにロボットの楽しさを伝えるために、延べ4万人に授業して体験させてます。ピークのときは年間150~200校で授業をしました。でも僕の体は孫悟空みたいに分身できるわけじゃないから、子どもたちをリアルで洗脳しようって思っても、物理的に難しくて普通はそこであきらめちゃうんです。だけど僕は「できる、できない」に興味はなくて、「どうしたらできるようになるか」にしか興味がない。だから寝る時間を削りました。

 

 

 

高校も中学校も小学校も、こういうことをやろうとするとスケジュールとお金が問題になります。スケジュールは学校に合わせました。参加費を無料にしてギャラはなし。ピーク時は、午前中に岡山の学校で授業をして、午後は北海道に移動して夜遅くに授業。次の日の早朝、飛行機でまた岡山に戻ってきて、別の岡山の高校で授業。そんなスケジュールだったから、結婚したばかりなのに離婚の危機になってしまったりしてさすがに辛かったですね。最近は年間150校は厳しいけど、今でもそれをやってます。
 みんなお金がないからだとか、暇がないからだとか、自分に言い訳してますが、やりたくないからやらないんですよ。そういうの大っ嫌い。僕ね、挫折したことがないんですよ。何でって、死ぬか、あきらめた瞬間が挫折だから。だから死ぬかあきらめない限りは挫折しないんです。何かものをつくろうと思ったときに、「できなさそうだな」って言うと、それで終わり。「どうしたらできるようになるか」を考えることが、「ものづくり」と「ものごとづくり」には重要なんです。
 最近はロボット学会に行くと大変ですね。「僕は古田先生の授業を受けて、この道に入りました」。そんな人ばっか。ショッカー大作戦、ちょっと世の中を変えたでしょう?

 

 

―――古田さんが所長として立つ「fuRo」とはどのような研究所なんですか?
 fuRoは、「ロボット技術で未来の文化を創る」というミッションを遂行するための組織です。世の中を変えるために僕がつくりました。日本初の学校法人直轄の研究所ですが、完全に独立しています。産・官・学のいずれでもない、独自の運営形態だから、ちょっと長いスパンでもいろいろものごとができるし、企業との共同研究も、「君のところ面白いんで一緒にやろうよ」と即断即決できるフットワークの軽さもある。産・官・学のいいとこどりです。
 世の中を変えるには、何が本質かを見なきゃいけないというのは常日ごろ思っていて、技術を開発し、企業にロボットのマーケットをつくってもらい、次の世代にロボット技術をやりたいという思いを伝えるのがライフワーク。だから、あんまりお金がなくて、学食で350円と300円のランチに迷うんですよね。情けない(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

―――fuRoの精鋭メンバーはどうやって集めたんですか?
 実はfuRoのメンバーの多くが僕の元生徒なんです。96年、僕は師匠である冨山先生の助手になりました。当時は人間型ロボットなんてできないと言われていた時代です。人間型ロボットを作ろうと誘っても、大学院生はみんな忙しいから嫌だって言うんです。だからもうすぐラボに入る次期4年生と飲みに行って「ロボット好きか?」って聞きました。みんなガンダム世代だから「好き」って言う。しめしめと思って、「じゃあザクの赤い足つくろうよ」って誘ったら、「いいっすねー」って10人中7人ゲットしたんですよ。
 でもそいつら何もできないから、すごいロボットの技術を朝から晩まで、夏休み1カ月間猛特訓して体験させて、一生懸命、僕が勉強してきたすべてを教えました。そして、世界で初めて国立大学の先生たちも挑戦してできなかった、リアルタイムで歩幅を変えて歩く小型ロボットの開発に成功したんです。学会で発表したら騒然。無名だった青山学院大学がいきなり有名大学になりました。
 そいつらの中に、今のfuRoのスタッフがいるんです。ずっと一緒にやってます。彼らは、そのときの体験が忘れられなくてついてきてくれています。僕、うそはつきません。約束したら、10年かかっても必ずあきらめずにやるから有言実行なんです。

 

 

―――ロボットが実用化されるまで、どれくらい掛かるんですか?
 大体、世間に出ているのは1年以上前の技術です。「core(コア)」という搭乗型脚式移動ロボットは去年発表しましたが、できたのはもう2年以上前。二足歩行ロボットとしては世界最大級である100kgの可搬重量性能を有しています。
 4年前の技術が実用化されることもありますよ。たとえば、東京電力の要請で作った福島原子力発電所における緊急災害対応ロボット「Quince(クインス)」に搭載されている技術。ハンディカムにコンピューターのシステムをくっつけて歩くと、自動的に3次元の地図が生成されて、自分の位置、自分の視線の方向がリアルタイムで分かります。正面からしか見てないはずが、天空から見たような情報が自動生成されるんです。不思議でしょう。Quinceは今も原発の中で働いていますよ。

 

 

 

 

 

―――古田さんにとって「伝える」とは?
 われわれのやりたいことって、実は未来をつくることなんです。企画化、研究化、技術化、事業化、ライフデザイン。でもこれだけをやっていたんじゃ世の中は変わりません。
 宗教みたいな話ですが、僕はいつか死にます。でも僕がやろうとしている志を次の世代に伝えられて、同じようなことを目指してくれれば、僕は死んでも命は永遠です。人間にできることは、個の保存と種の保存のたった2つ。種の保存というのは種族の保存で、生物として子どもをつくること。これは1号機と2号機の娘がいるから大丈夫。個の保存というのは、個性とか、自分のキャラクターの保存、仕事を残すということです。同じ志を次の世代に伝えられれば、その次の世代の子供たちが同じことを目指してくれて、自分の志が永遠で、命は永遠なんですよ。
 じゃあ、自分の志を次の世代にどう伝えるのか。ビジュアルで伝えるということもやります。メッセージを伝えるということもします。でも僕は、はっきり言って人間は経験したことしか分からないと思ってるんです。だって失恋だって、どんな小説見て、悲しいと思っても、失恋したことないと分からないでしょ? 例えば絵を描く楽しさ。どんなに絵描きが、「絵描くの楽しいよ、クレヨン楽しいよー、すごいよー」と言っても、「楽しそうかな」と思うだけで、楽しさは分からないです。実際にクレヨンやペンを持って、絵を描くという「体験」をしないと楽しさは分からないんですよ。僕は「伝える」というのは、ほんとにその人の血となり、肉となり、感性にビビッと直接働きかけるような、思いと体験を伝えることだと思ってるんです。言葉ももちろん大事ですが、手段の1つ。やっぱりやってみることです。やると新たな世界が広がります。待ってちゃだめ。じっとしてちゃだめですよ。

 

 

 

 

 

 

取材のときに見せていただいたcoreは、迫力のかっこよさ。子どもの頃に思い描いていた未来は思いの外、近くまできているのかもしれません。

古田貴之

古田貴之 (ふるた・たかゆき) 【ロボットクリエーター】

1968年、東京都生まれ。94年、青山学院大学大学院理工学研究科機械工学専攻博士前期課程修了。96年、同博士後期課程を中途退学し、同大学理工学部機械工学科助手となる。この頃にヒューマノイドロボット開発プロジェクトを立ち上げる。2000年、工学博士。2001年には、科学技術振興事業団ERATO北野共生システムプロジェクト共生系知能グループ・グループリーダーを務めた。ここで開発した人間型ロボット「morph」は、空手の正拳突きやバック転もこなし、注目を集める。 2003年6月、未来ロボット技術研究センター設立にあたり、morph3開発チームとともに移籍、同センター所長に就任する。 世界で初めて人工知能を搭載したサッカーをするロボットや坂道、段差でも車体を水平に維持したままで走行できる8本足の電気自動車プロトタイプモデル「ハルキゲニア01」を開発するなど、ロボット開発の世界では、数々の伝説を作り上げてきている。

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