表現する人々

書にも、企画書にも、映画にも。ジブリ鈴木さんとぺんてる筆の深〜い関係。 プロデューサー・鈴木 敏夫さん

書にも、企画書にも、映画にも。ジブリ鈴木さんとぺんてる筆の深〜い関係。 プロデューサー・鈴木 敏夫さん

言わずと知れた「ジブリの鈴木さん」。日本を代表する映画プロデューサーである鈴木敏夫さんは、書家としての顔ももつ筆づかいの達人であり、実は「ぺんてる筆」のご愛用者でもあるのです。その使用歴はおそらくウン十年。ですが、鈴木さんにとってぺんてる筆があまりにも当たり前な存在だったため、今回の取材にあたっても「特に話すことないんじゃないかなぁ」と思っていたそうです。でも、いざ話し始めると次々飛び出す筆ペントーク。えっ、あのジブリ作品もぺんてる筆で!?なんと、ほかのぺんてる製品もご愛用いただいていた!?ぺんてる製品との深いつながりが次から次へと明らかに。ぺんてる筆のことはもちろん、魅力的なものづくりのコツ、宮﨑駿監督との関係などなど、たっぷりとお話いただきました。

01宮﨑駿監督との出会いが、 鈴木さんを筆ペン愛用者にした!?

さかのぼること約10年前。ある密着ドキュメンタリー番組の中に鈴木さんの姿はありました。
映画のキャッチコピーを考えている場面。思いついた言葉を、スラスラスラっと紙に書きつけるその手に握っているのは、もしやぺんてる筆では……?
その時以降、さまざまなメディアで文字を書く姿を目にするたびに手元を注視していたぺんてる社員。追っかけ続けた結果、発見は確信に変わりました。
鈴木さんは、ぺんてる筆を、いつも、そしてずーっと使ってくださっている!と。なぜぺんてる筆を愛用してくれているのか、その理由を探りにぺんてる社員が鈴木さんのもとへお邪魔しました。

鈴木敏夫さん(以下、鈴木さん)いきなりですが、すごく知りたいことがあるので、僕から質問しちゃいますがいいですか?……なんで、ぺんてる筆はあんなに書きやすいんですか?もういつから使ってるかわからないくらい長く使っていますが、使い始めてすぐに気がついたんですよ。これは思うままに動かせて「自分のものにしやすい筆だな」って。本物の筆は自分のものにするにはある程度時間が必要なんですよね。でも、ぺんてる筆は最初から手に馴染んで書きやすくて、文字が上手に見えちゃう(笑)。これは、なぜなんでしょう?

ぺんてるうれしいお言葉ありがとうございます。穂先の素材にナイロンを採用していることや、毛の根本から先端までなだらかに細くしていくテーパー加工技術など、独自の技術と創意工夫がありまして。それらの技術をしっかり継承し、苦心しながら長年にわたって品質を守り続けているのでとても励みになります。鈴木さんの魅力的な書を随所で拝見していますが、毛筆や筆ペンをずっとお使いだったんですか?

鈴木さん実は一番の転機は、宮﨑駿なんですよ。もともと僕、人と話す時に裏紙に落書きをするクセがあったんです。ある時、宮さん(宮﨑駿監督、以下同)と出会ったわけですが、そしたら彼もまた落書きの人だった。二人で打ち合わせしながら、宮さんは飛行機とか、僕は風景や野球選手とかを描いているわけ。それでね、宮さんの落書きをチラッと見てたら、やっぱり、とんでもなくうまいわけです(笑)。

一同はい(笑)。

鈴木さんそれまで他人から絵がうまいと言われていた僕も、これはまったくかなわない。それで、ふと「そういえば俺は絵だけじゃなくて字もやってたな」と思い出したんです。おふくろに筆づかいを仕込まれて、子どもの頃から結構書いていたので、宮さんが絵なら俺は字を書こうって。鉛筆やボールペン、ペンなどいろいろな文具を試していって、やがて筆を使い始めたんですよね。当時は朝から晩までがむしゃらに仕事をして、人にもたくさん会ったりして。そんな日常の中で、文字を書くからといっていちいち墨を磨る(する)わけにいかないでしょ?そうするとやっぱり筆ペン、となるんですよ。

ぺんてるその時は、ほかのメーカーの筆ペンも試されたのですか?

鈴木さんその時から、ぺんてるでしたね。というか、それしか知らなかった。だって子どもの頃から身近にありましたから。「文房具=全部ぺんてる」と思ってたくらいです。これはヨイショじゃないですよ(笑)。

02ジブリ作品にも!鈴木さんから世界に広がる“ぺんてる筆”の輪

筆で何か一筆を、と頼まれることも多い鈴木さん。
私たちもぜひにとお願いしたところ、取り出したのは、宮﨑監督の最新作『君たちはどう生きるか』の重要キャラクターである青サギが描かれた色紙。
ご愛用のぺんてる筆を手にとると、作品における核心のセリフ「あばよ、友だち」と力強い文字を添えてくださり、続いて「ペンテルさんへ」と筆を進めたところで「あっ!」。
平仮名で“ぺんてる”ですよね、しまったなぁと笑いながら、「新しいのを書かなきゃ。ちなみにね、いつも手書きで間違った時はこうするんです」と取り消し線を入れ、朱色の筆ペンを取り出して、小さく「ゴメンナサイ」。そして「ぺんてるさまへ」と書き直してにっこり。

一筆ごとに味がある鈴木さんの文字。朱色で修正してもらった色紙は、ぺんてる社員がしっかりと持ち帰らせていただきました。

さらに『となりのトトロ』のマックロクロスケと『君たちはどう生きるか』のワラワラも。書き間違いだった一枚が、世界に二つとない茶目っ気ある“作品”に早変わり!
そんなふとした一瞬にも、発想力と機転とユーモアでいくつものピンチを乗り越え、数々のヒット作を生み出してきた類い稀なる人間力が顔をのぞかせます。

鈴木さんそういえば僕が描いた「コニャラ」ってキャラクターがいるんです。そのキャラクターを使って日清製粉のCMを作ったことがあるんですけど、それも全部ぺんてる筆で描きましたね。

コニャラ

©2010 Toshio Suzuki

ぺんてるそんな表舞台でも使ってくださっていたとは!

鈴木さん話しているとどんどん思い出してきますね。僕の友人でオランダ人のアニメーション作家 マイケル(マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット)もぺんてる筆を愛用してますよ。彼は、カンヌ国際映画祭で賞をとったジブリ作品『レッドタートル ある島の物語』の監督です。彼が描く線を見た時に、筆を使っているんじゃないかと思って聞いてみたら、ぺんてる筆でした。彼は絵本も出版していますが、それも全部ぺんてる筆。細い線や細かい部分も思い通りに描けるからって言ってましたね。

レッドタートル ある島の物語

© 2016 Studio Ghibli - Wild Bunch - Why Not Productions - Arte France Cinéma - CN4 Productions - Belvision - Nippon Television Network - Dentsu - Hakuhodo DYMP - Walt Disney Japan - Mitsubishi – Toho

鈴木さんあ、そうそう、どんどん思い出すんですけど(笑)、スターウォーズで有名なルーカスフィルムの社長のキャスリーン・ケネディさんは僕の友達で。「ベビーヨーダを使って何かアニメーションをやって」と言われて考えたのが『禅 グローグーとマックロクロスケ』(2022年スタジオジブリ制作)という短編アニメなんですが、それもぺんてる筆です。筆ペンで描くのがいいよってこの時も言いました。

GROGUのポスター絵

© 2024 & TM Lucasfilm Ltd. LLC. All rights reserved.

ぺんてるぺんてる筆がそんなにも作品の中に……、いやぁ、驚きです。

鈴木さんぺんてるさんでカラーの筆ペン(※アートブラッシュ)出されてるじゃないですか?あれ、知った時はうれしくてね、これがあればいろいろできるぞと。あの筆ペンのセットはどれだけ買ったかわからないですよ。友人の女性画家にも渡していて、その人にはジブリ展のポスターに使う絵を描いてもらったけど、それにもたぶんぺんてるのカラー筆ペンを使ってるんですよ。今日着ているTシャツも彼女のデザインだけど、これもきっとそう。ってわけでぺんてるだらけ!僕、ぺんてるの宣伝マンみたいですね(笑)。

アートブラッシュ

ぺんてるありがとうございます!たくさん使っていただいている中で、たとえばぺんてる筆への要望や欲しい筆ペンなどはありますか?

鈴木さんさっきも言ったように、ぺんてる筆はコントロールしやすくて使いやすいでしょう?僕は難しいことを言われたほうがやる気が出るタイプだから、ちょっと不満が出てくるの。「これは使いやす過ぎる」って。だから、自分で完全にはコントロールできない筆ペンも欲しいなって思いますね。扱いにくい毛筆には、乗りこなせないじゃじゃ馬に挑む、みたいなおもしろさもありますからね。だから、自由自在に使いこなせる一本、使いこなすのが大変な一本、そしてその中間くらいの一本。この3種類が揃ってるといいんじゃないかな(笑)。

インタビューの最中にもぺんてる筆をサラサラと走らせる鈴木さん。手慣れた筆さばきから、長きにわたる愛用ぶりがうかがえます。

ぺんてるでは、もしもこの世からぺんてる筆がなくなったらどうされます……?

鈴木さんなくならないでしょう(笑)。日本人、筆がやっぱり好きだもん。僕、これまでに何本買ったと思います?すごい数ですよ、カートリッジも箱で買ってますし(笑)。何本も持ってると、自分なりに使いやすいお気に入りの一本があって、ちょっと穂先が乱れてくると、はさみで床屋みたいに切ってるんですよ。そんなことまでやっているんですから。なくさないでほしいです(笑)。

ガサゴソと棚の中から取り出したカートリッジ。常に切らさないようにストックしているのだそう。

03血がこもるから伝わる。今あえてこだわる手書き道楽

ぺんてる書道作品の発表、書道パフォーマンスなど、鈴木さんはさまざまな表現に取り組まれていますが、「表現するよろこび」を感じる瞬間はどんな時なのでしょうか。

近年では展示ポスターの題字なども手掛けている鈴木さん。

鈴木さんうーん、表現するよろこびってあるかなぁ?一番困っているのは自分の名前なんですよね。なかなかいいカタチにならないんですよ。あと「ジブリ」という文字もそう。「鈴木敏夫とジブリ展」という題字も自分で書きましたが、本当に苦労しました。という感じなので、なかなか表現するよろこびというところまでは辿り着かないですね。
でも、たまにうれしい時もありますよ。ある時、葛飾北斎の手書き文字を再現したことがあるんです。北斎の直筆の字は今この世には残ってないけど、印刷物で文章だけは残っていて。僕が大きい紙に北斎の文章を手書きして長野にある北斎美術館で展示したら、「へえ、北斎ってこんな字を書いていたんだ」と。鑑賞された方が、僕の書とは気づかずにおっしゃってね。あれは相当うれしかったです。

ぺんてる文字を見てくれる誰かがいるから、文字を書くというのもあるかもしれませんね。

鈴木さん筆で書く機会が多くて、みなさんがわりと褒めてくれるので、いい気になって書いてるんですけど、僕に非常に手厳しいことを言ったのがいましてね。「違う、こうやって書くんだよ!」って。……それは娘の息子、つまり僕の孫です(笑)。
彼が小学1年生か2年生の時に、僕が書を教えてたんです。そうしたら「じぃじ、はらい方がまずいんだよ」「ここで力抜かなきゃ」とかズバズバ指摘してきて。どんな字を書いているのかと孫の手元を見たら、これがなかなかの腕前で。教えるはずが、逆に教わることになっちゃったんですよ(笑)。

時間が経てば経つほど、鈴木さんの話に惹き込まれるぺんてる社員。こんなにも深く鈴木さんに、そしてジブリにぺんてる筆が関わっていることはメーカーとしてのよろこびです。

鈴木さん書くってものすごく難しい。なんでこんな字が書けたんだって思うような、いい文字が書けることもあれば、逆にどんなに書いてもダメな時もある。
最初の一筆目、紙に筆を置いた感じで全体が決まるんです。細く書いちゃったらその先はそういう字になるし、太く始めれば太い文字になりますから。その一筆目のコントロールがしやすいのが、ぺんてる筆なんですよ……って、また褒めちゃってるな(笑)。

注目が集まる鈴木さんの字は、書だけではありません。『ハウルの動く城』以降、多くのジブリ作品の題字が鈴木さんの手によることは有名な話ですが、絵ごころ、書ごころを併せ持った手書き文字は、デザインや絵のようでもあり、他にはない存在感があります。表舞台に出る文字のみならず、企画書や進行管理のスケジュール表、メモ……あらゆる場面で駆使されている鈴木さんの手書き文字は人の心を惹きつけます。

鈴木さんハウルを作っていた時、宮さんが悩んでたんです。城のデザインが思い浮かばないって。それで会社の僕の部屋に来て、話をしながら、ああでもないこうでもないと描いているうちにカタチになっていって。すると、気が短い宮さんはいきなり「鈴木さん!『ハウルの動く城』って題字、書いてよ!」。それで、僕がマジックかなんかで1分くらいでバッと書いて、そうして第一弾のポスターができたんです。

ぺんてる手を動かすうちに発想が走り出すのも、手描きの魅力ですよね。熱が伝わるというか、ちなみに原稿に使うのはどんなペンを?

鈴木さんこれですよ、これ。(日頃愛用しているというペンを取り出す)

ぺんてる鈴木さん、これぺんてるのトラディオ プラマンです!

鈴木さんえ、これも、ぺんてるなの(笑)?

ぺんてる鈴木さんがお持ちなのは、ヨーロッパで発売されているユーロモデルですね。日本で発売されているものとはちょっと仕様が違うんです。

鈴木さんこのペンの何がいいかっていうと、紙に置いた時にすぐベタッとつく感じがあること。日本モデルのものとは書き具合、線が違うんです。本当に微妙な差なんですけどね。でも、この違いが僕にとってはとても大事なんです。

トラディオ プラマン

ぺんてる筆でもペンでも、書体を多彩に使い分けられていて、それも鈴木さんの文字にみんなが惹かれる理由のひとつだと思います。

鈴木さん学生時代、同級生みんなの答案を代筆していたんですよ。……まぁどういう状況かわかりますよね(笑)。先生にバレないように全部筆跡を変えなくちゃいけないから、これが大変で。でも、この経験が書くことの勉強になったんです。
書家の人にも言われたことがあるんです。「鈴木さん、自由でいいですね。僕ら書家は先生がいて、その真似をしなくちゃいけないから自由に書くことが許されない」ってね。僕は先生がいないから自由(笑)。

ぺんてるパソコンやスマホで文字を打つのが当然の時代です。それでも、手で書くことが鈴木さんにとって大事なのでしょうか?

鈴木さん手書きのほうが、“血”がこもりますよね。仕事柄、原稿をよく頼まれるんです。昔は原稿用紙に手で書いていたのが、ワープロになって、パソコンになって、今はiPadで書くようになって。さらにエスカレートして原稿をスマホで書いていたりして、それで「これはやばい!」と思ったんです。確かにすごく速く書けるんですよ。でも、見返してみると中身がある原稿にはなってなくて。ちゃんとした原稿を書くのには向かない、と僕は感じました。だから今は、原稿の下書きは手書きをしています。そうすると中身が変わるんですよね、おもしろいもので。

04おもしろいか、おもしろくないか。 企画が、人を動かしていく。

一言でいうならば“求められる人”。
子どもの頃から頼まれて人をまとめる立場に立つことが多く、社会人になってからは、わずか2週間で雑誌『アニメージュ』を創刊することになったり。今も、時代の先端を走るミュージシャンからIT企業経営者まで、世代も国境も超えて老若男女が鈴木さんのもとを訪れますが「自分からやろうと思ったり、誰かに会おうとしたことなんてない」と涼しい顔。

一方で、大きなムーブメントを起こしていく「熱風の使い手」であるのが鈴木さんです。製作委員会方式の映画製作、映画公開時の全国キャンペーンなど、鈴木さんが初めて挑戦し、今や日本映画のスタンダードとなったことは数知れず。
「高畑・宮﨑が作品を作った後はペンペン草も生えない(=妥協ない製作姿勢ゆえに会社が潰れる)」と敬遠された両監督の作家性を守りながら商業的に成功する離れ業をやってのけ、スタジオジブリを世界的な存在へと押し上げたまさに立役者。……ですが、「だって、やらなくちゃ仕方ないから。プロデューサーの仕事なんてやりたくないですよ!」と笑います。

ぺんてる映画の製作から公開には、多くの人が関わると思いますが、組織として熱をもったものづくりを続けるコツなどありますか?

鈴木さんそれは、企画です。企画がよければみんな頑張る、つまんなければ頑張んない、それだけです。これを作ろうとなった時に、おもしろそうに見えなかったらダメですね。
そして、企画にはネーミングが大事です。その名前に企画が表れますから。
僕らの映画がいい例ですけど、最新作『君たちはどう生きるか』。最初そのタイトルを聞いたときは、言葉の硬さにみなさん引いたんですよ、配給会社も、僕も(笑)。でもおもしろいもので、日本は段々こういうタイトルも受け入れられるような時代になってきたでしょ?
ところが困ったのが海外興行です。このタイトルを英語にすると「How do you live?」。今度は外国の人が引いちゃった(笑)。映画館にかけてもらえなくなりそうだったから僕が急遽タイトルを作ったんです、宮さんに内緒でね。『The Boy and the Heron(少年とアオサギ)』。そしたらいっぺんに風向きが変わった。みんな観たくなって公開館数も増えましたから、そのくらいタイトルって大事ですよ。(※『君たちはどう生きるか』は海外でもヒットし、2024年第81回ゴールデン・グローブ賞 アニメーション映画賞を受賞)

The Boy and the Heron(少年とアオサギ)

©️2023 Studio Ghibli

ぺんてる『もののけ姫』も最初は違うタイトルだったそうですね。

鈴木さん最初は『アシタカせっ記(※注:「せっ」は旧字体の草冠に耳ふたつ。「耳から耳に伝わる物語」との意味を込めた宮﨑監督の造語)』。「これにしようよ、鈴木さん」って、宮さんが言ってきたんです。あの人は言い出したら聞かない人で、ウソばっかり言うんですよ。「みんな、このタイトルがいいって言ってる」とかね(笑)。僕はそのタイトルじゃダメだと思ったので、そうですかって聞き流して、宮さんに内緒で予告編を作って『もののけ姫に決定!』とテレビで発表しちゃった。だって誰が見たって『もののけ姫』のほうがおもしろそうでしょう?宮さんはテレビ見ない人だから知らなかったんだけど、ある日知って慌てて「鈴木さん、あのタイトル!」って電話かけてきました(笑)。

ぺんてる大胆すぎます(笑)。宮﨑監督を相手に、そこまでの離れ業をやってのけるのは、鈴木さんしかいません。

鈴木さんプロデューサーは全然おもしろい仕事じゃないんですよ。宮さんなんてずるいんですから、宮﨑と高畑と僕とジブリを作ることになった時、こう言ったんです。「僕と高畑さんは監督だからプロデューサーは鈴木さん!」。要するに面倒なことはまかせたよ、と。本当にずるいんだ(笑)。親から「社長にだけはなるな」と言われて育ったのに、社長にまでなったりね、今も悔やんでいますよ(笑)。
その意味でもネーミングが大事でね、「スタジオジブリ」、でしょ?もし「宮﨑スタジオ」だったらどうです?みんなが宮﨑駿個人のためにやらなくちゃいけなくなる。そうなったら一生懸命やんないですよ、「スタジオジブリ」というワケのわからない名前だから、製作現場の人も、管理部門の人も、みんな頑張れるんですよ。だからネーミングって企画なんです。聞いた時におもしろくなさそうだったら終わり。「アシタカせっ記」じゃ、やっぱり盛り上がらないんです(笑)。

「鈴木さん、映画ってどうやって作るんだっけ?」
「鈴木さん、どうしよう。話が終わらない!」
「鈴木さん、次、何する?」

宮﨑監督が「鈴木さん」と呼びかけるたびに応え、共に考え、作品に熱風を吹き込んでいきます。
宮﨑監督に『となりのトトロ』を、高畑監督に『火垂るの墓』の製作を勧めたのもほかならぬ鈴木さん。『風の谷のナウシカ』の結末、『千と千尋の神隠し』のカオナシを鍵にした打ち出し……鈴木さんの言葉により、物語が当初の監督の意図とは異なる方へ展開していった作品は数えきれません。
高畑監督からアニメーターへのダメ出しをこっそり聞いて、そっと同じ絵を描いてみる。
発見があると、プロデューサー部屋まで走って報告にくる。
年若いスタッフにメラメラとライバル心を燃やし、難しい注文をつける。
天才、神様、巨匠。一方的にあがめられがちな宮﨑監督の、人間的でチャーミングな素顔が、鈴木さんのお話や著書からはポロポロ。盟友と称されるおふたりですが、もっと「相方・相棒」がしっくりくるような、ユーモラスさが漂います。

ぺんてるもし鈴木さんがいなかったら……宮﨑監督の今、そして私たちが出会えたジブリ作品も変わっていたかと思うと出会いに感謝したくなります。

鈴木さん本当に苦労してるんですから、いまだに。だって、2013年『風立ちぬ』完成後に一度は引退記者会見まで開いたのに、もう一回作りたいと言い出した日があるわけです。その時はね、「わかってるよ、鈴木さん」って。なにが? って言ったらね、「……(小声で)みっともないことはわかってる」って(笑)。その時に本人が約束したんですよ。「二度と世間に出ないから」って(笑)。

鈴木さん『君たちはどう生きるか』の企画当初、宮さんから20分のストーリーボードを描いたから読んでと言われて、確かにおもしろかった。だけど、きっと最初だけだ、「作るのはもう止めましょう」。そう言おうとした瞬間ですよ。宮さんが、「……(微笑みながら可愛い小さい声で)お茶飲む?」。こうくるんですよ、いつもはそんなこと絶対しないのに(笑)。

ぺんてるそこまでするなら作らざるをえないですね(笑)。おふたりで漫才をしているようといいますか、鈴木さんがご著書などで語る宮﨑監督のエピソードがあまりにおもしろいので創作が入っているのかと思ってしまいます。

鈴木さん全部本当の話ですよ。今も毎日のようによく話しますが、本当におかしな人なんです(笑)。実際はもっとおもしろいんですけど、言えないことがいっぱいあるんです。
ジブリ作品ってね、最後に「おわり」って文字が出るんですよ。ある時まで宮さんが書いてたんだけど、「鈴木さんの字のほうがいいから鈴木さん書いて」って。譲りあってやっているんですよ。もうしょうがないですよ。46年目なんですから(笑)。

(『千と千尋の神隠し』がアカデミー賞をはじめ国内外で数々の賞を受賞した頃のお話)
「どうしてこんなことになっちゃったんだろう、鈴木さん」
「宮さんが、がんばったからですよ」
「鈴木さんだって、がんばったじゃないか」
『天才の思考 高畑勲と宮崎駿』より

鈴木 敏夫(すずき としお)

1948年、愛知県名古屋市生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、徳間書店入社。『週刊アサヒ芸能』を経て『アニメージュ』創刊に参加し、副編集長・編集長を歴任するなか高畑勲・宮﨑駿両監督と知己を得て「風の谷のナウシカ」「火垂るの墓」「となりのトトロ」などの製作に携わる。1985年にスタジオジブリ設立。1989年スタジオジブリ専従となって以後、ほぼ全劇場作品をプロデュース。ジブリ作品や展示の題字やキャッチコピーを書き、また書家として作品を発表するなど、文字の書き手としても注目を集めている。著書多数。

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