表現する人々
メカニックデザインのかっこよさを引き出す、 “高クオリティ画筆”としての筆ペン。 イラストレーター/メカニックデザイナー・JNTHEDさん
『機動戦士ガンダム 水星の魔女』のガンダム・エアリアルをはじめ、数々の作品のなかで、ロボットや戦闘機など物語の重要ポイントとなるメカニックデザインを手がけてきたJNTHEDさん。
精緻でクリエイティビティに富んだデザインが発表のたびに大きな話題を集めますが、メカの原画作成に用いるのは、デジタルツールでもペンでもなく、なんとぺんてる筆なのだそう。どんなツールもかなわないというぺんてる筆の魅力と創作の秘訣を、ちょっと変わったその使い方とともに、明かしてもらいました。
01ぺんてる筆は、筆ペンとして使っているだけではもったいない!?
「趣味でも仕事でも、絵を描くときは必ずぺんてる筆を使います。ですが、僕がぺんてる筆を使っているって言っちゃっていいんですかね……」
そう話すのは、アニメ等に登場するロボットや機械類を描くイラストレーター・メカニックデザイナーという肩書きを持つ、JNTHED(ジェイエヌティーヘッド)こと通称ジェヌさん。2022年~2023年に放映の『機動戦士ガンダム 水星の魔女』では斬新な造形のモビルスーツが話題を呼んでいますが、ジェヌさんの戸惑いの言葉の真意は、その場で実践してくださった、いっぷう変わった使い方にあります。
ペットボトルの蓋に、ぺんてる筆のカートリッジからインキを数滴落として霧吹きで濃度を調整し、そこに穂先を浸す。そして、インキを含ませたぺんてる筆をシュシュっと紙に走らせると、次々と味わいのある線が。
含ませたインキで描けなくなるとふたたび穂先を浸してシュシュシュシュシュ……。そう、ジェヌさんはぺんてる筆を筆ペンではなく、画筆として使っているのです。
手慣れた様子でマイグッズを机に広げ、あっという間に“いつもの仕事場”に。
「穂先とインキを分けて考えているんです。ぺんてる筆の穂先は筆としてのクオリティが高いので、かすれなど繊細な表現ができます。かつてはインキ残量が少なくなったものをかすれる筆ペンとして使っていましたが、穂先とインキを別々にしてしまえば新品のうちからかすれをコントロールできるなと思ったんです。たっぷりつければ普通に描けるし。今ではインキカートリッジに手を加えて内側からインキが出ないようにしていますから、僕にとって、ぺんてる筆は筆ペンではなく、完全に高級画筆です(笑)。他の筆ペンも色々試しに使っていますが、結局ぺんてる筆に戻ってきてしまいます」
ジェヌさん的不動の1位というお墨付きをもらったぺんてる筆。その出番というのは、まず大ラフをCG等で描き、そこにぺんてる筆でペン入れをして原画をつくっていくのだとか。最終的にはスキャンしてCGで線を加工しながら仕上げていく、というデジタルとアナログを掛け合わせた、なんとも個性的なものです。
「線も面も気持ちよく描けるんですよ、ぺんてる筆は。ほんの数百円で買えるのに、数千円の絵画用の筆よりもきれいに描けますし、それになんといってもかすれの味わいですよね。筆を使い込んでいると経年とともに穂先がばらけていき、描ける線も数本になって絶妙なかすれが出てきます。これがまたかっこいいですし、“育て方”次第で筆ペンごとに個性が出てくるから描きたい線にあわせて使い分けています」
常時使っているぺんてる筆は、かなり年季の入ったものから新品に近いものまで20本ほど。味のある線にはこれ、細いシャープな線を描きたいときはこれと、自在にぺんてる筆を走らせます。
今やぺんてる筆なしの表現は考えられないと語るジェヌさんですが、そのきっかけは筆ペンを用いた水墨画タッチの画風が有名なイラストレーター・新川洋司さんとの出会い。以前ともに所属していたゲーム会社で、新川さんが軽やかにぺんてる筆を走らせる姿を実際に目にし、メカという無機的なモチーフと筆致に揺らぎのある有機的な筆ペンというギャップに魅力を感じ、そこから生まれる表現の素晴らしさに感銘を受けたそうです。
「とてもかっこいいと思いました。新川さんへの尊敬から、当初は逆に筆ペン使用を控えていましたが、2015年から自分でも使い始めたところ、とても描きやすくて。価格も安くて、気軽に持ち運べて、理想的な線が出せる。使わない理由が見つからないと、それ以来、手放せなくなりました」
02絵も、心も、前向きに走り出す。ぺんてる筆は、“良い鬼”?
かつてはCGのみでイラストを作成。また現在も仕上げ等にはCGを駆使しておりデジタルツールも日常的に使うからこそ、アナログツールの魅力がよりクリアに感じられるそう。
「アンドゥ(undo:直前に行った操作や処理を取り消して元の状態に戻すこと)ができない!これはすごく僕にとって大事なんです。デジタルツールはアンドゥで描き直しができるし、画面を大きく拡大できるから果てしなく描き込んでしまいます。でも、手描きはインキをつけて筆を紙にのせると線が出ちゃうから、なんか違うと思っても諦めがつくし(笑)、出てきた線にあわせて伝言ゲームをするように次を描いて、そしてまた次と、描いていくことができる。紙だから全体像も把握しやすいし、描く作業が早く進むんです。特にぺんてる筆は筆圧もいらないし、まるで浮いているような軽い描き心地で疲れない。作業も心も前向きに進んでいくといいますか。
ほら、『目は臆病、手は鬼』(意味:頭や目で見ると作業量や複雑な工程に気をとられてひるんでしまうが、手を動かしていけば、鬼のように片付けてしまう)って言葉があるじゃないですか? 僕にとってぺんてる筆は、まさにそんな存在です。手に持つとどんどん仕事を片付けていってくれる、…とても良い鬼ですね(笑)」
それに、これも重要なんですが、と言葉を続けます。
「アナログペインティングは、文明がたとえ崩壊しても描き続けられる、これに尽きます。僕も以前はデジタル一辺倒でしたが、2001年の9.11(同時多発テロ)、2011年の3.11(東日本大震災)と平和や日常生活、電力が失われかねない現実を体験し、エンタメへの関心が失われるディストピア的状況になったとしても絵を描き続けるにはどうしたらいいかを考えたんです。結論、筆一本あれば世界のどこにいてもどんな状況にあっても絵が描ける、そんな存在になろうとアナログに回帰して手で描くようになりました。自分用にカスタマイズしたPCがないと…、Wi-Fiがないと…、電源がないと…、そんなできない理由をあげるのって絵描きとしてどうなのか。パッと取り出し、ササッと描くのが潔いのではないかと思うようになったんです」
03プレッシャーなく挑んだ「ガンダム・エアリアル」
「メカニックデザイナーは、外側の造形を決めてから中に入る装置の設定を考えるトップダウン型と、内側の機材から考えていって結果的に造形が決まるというボトムアップ型がいますが、僕は完全に後者。バイクのエンジンとか、マウンテンバイクの変速ギアとか、自分の頭の中にあるメカのストックを参考にして機材を詰めていって、その機材が動くようにたとえばバイパスを通したり、そうなると外部の造形としてはこうなるといった風に、内部から外部へという流れでデザインを決めていきます。かっこいい機材を詰めあわせると、かっこいいルックスになる、が僕の基本的な考え方です」
ただ、代表作のひとつであるガンダム・エアリアルは、やはりガンダムという枠があるためトップダウンでデザインを考えねばならず、ちょっといつもと違ったそう。そもそもガンダムという長い歴史をもつビッグネームを手がけるのは、さぞかしプレッシャーが大きかったかと思えば、「それがそうでもなかったんです」と意外なお答えが。
「お声がけいただいて、モビルスーツのデザインコンペに参加することになったのですが、僕自身がガンダム文化にあまり触れてきておらず詳しい知識もなかったので受かるなんて思っていませんでした。逆に言うと、プレッシャーを感じることなく気軽に取り組めたことがよかったのかもしれませんが、僕の案に決まって、制作が始まっても『嘘だろ』と思い続けていました(笑)」
ぺんてる筆を使っていなかったら、ガンダム・エアリアルは生まれてなかったかもしれないと、ぼそり。
「コンペの準備期間は1ヶ月半ほどと時間は十分あったものの、ずっと手をつけていなくて、期日が迫りつつある中で、超特急で描いてデザイン案を提出したんです。夏休みの宿題かって感じですよね(笑)。でもそれだけ時間がなくても、ぺんてる筆でササッと描くスタイルだからこそ、間に合ったんです」
取材時は『機動戦士ガンダム 水星の魔女』Season2が絶賛放映中。
ガンダム・エアリアルの原画を担当するジェヌさんは、放映が始まってひと息ついているのかと思いきや、話の進行でメカに新設定が出てくるたびに新たに原画を描きこんでいくそうで、毎日ぺんてる筆を手に握っている、と笑います。
04いざ描き始めると、自分を超える発想が生まれてくる
ペットボトルの蓋をつなぎあわせたインキパレット、毎日持ち歩く紙製の道具箱には紙で作ったペン立てがドッキング。日々使う仕事道具は、市販品に限らず、使いやすさを最優先して自作したアイテムもたくさん。
もし欲しい文房具があれば教えてくださいと、聞いてみたところ、「これです!」と一言。
ジャジャジャーン、といった感じで取り出してくださったのは、ぺんてる筆と鉛筆がドッキングした見たこともない独特の筆記具。
ぺんてる筆×鉛筆という自作の筆記具。あったらいいな、をすぐに作れてしまうところもメカ好きなジェヌさんならでは。
「つい自作しちゃいました(笑)。筆ペンと鉛筆が両側についていて、くるっとひっくり返しながら描けると便利で、かなり使えると思うんですね。本当は鉛筆よりシャープペンの方が欲しいのですが、くっつけてしまうと後端でノックできなくて……。ぜひ作ってもらいたいです!」
さらに、「そうそう、これも使ってますね」とおもむろにペンケースから取り出したのは、ぺんてるのグラフレット0.5。年季の入った見た目からも察するとおり、10年以上も愛用してくださっているとのこと。手頃な価格ながら高級製図用シャープペンにも匹敵するほどの精度がお気に入りで、日常の文字書き用にとペンケースに忍ばせているよう。
「10年使っても壊れないんですよね。僕の経験からいうと、プラスチックよりも黒い樹脂の方が壊れにくいんじゃないかな。ほどよい軽さとシンプルな構造で、ある意味昭和っぽい見た目が気に入ってます」
保育園・幼稚園の先生や親御さんが自分の描いた絵を見て、喜んでくれた記憶が色濃く残る幼少期。好きなアニメやゲームに触発され、インターネットでキャラクターやメカのイラストを発表したらネット上でどんどん評価が広がっていった10代。コンピュータや電力を使わない絵描きになりたいと考え始めた20代。CGとアナログをミックスさせた斬新な作品づくりに挑んだアート活動、年々注目と評価が大きくなるメカニックアーティストとしての仕事……。
人生のどの時期、どの場面でも表現とともにあり、今、まさにクリエイティブの第一線に携わるジェヌさんにとって、表現するよろこびとは、絵を描くよろこびとはなんでしょう?
「退屈や虚無を忘れさせてくれる実務への没頭ですね」
と哲学的なご回答。
「始める前は嫌で仕方ないんですけれど、描かないわけにはいかないから描く。始めるとどんどん集中して、いつかできあがります。マラソンを走る前は嫌だけど、走り出せば結局ゴールまで辿り着くように。メカニックデザインも後から見返すと、どうやってこんな形を思いついたか自分でもわからないモノが多くて、制作中の自分は、いつもの自分とは別人みたいな感じで。よくやるなーって思います(笑)」
冗談半分に謙遜しますが、「絵を描くことでしか生きてきていないので、絵を描いていると居場所がある感じがする」というその言葉には、クリエイターとしての真髄が。絵を描くことで、誰かのために何かできるという充足感が今もジェヌさんを突き動かしているのです。
実はインタビュー中も、終始ぺんてる筆を動かし続け、会話と同時進行で原画をどう描くか完成までの様子をリアルタイムで見せてくださったサービス精神旺盛なジェヌさん。
短いインタビュー時間の中で描き上げてくださった原画。
休むことのない手が止まったその隙に、ここはひとつ無理なお願いをしてみることに。
「ぺんてるには、ペペ&ルルというキャラクターがいるのですが、もしジェヌさん流にこちらを描いていただけたら……」
「うん、いいですよ」とまさかの即答!スマホに映し出されたぺぺ&ルルをしばらく見ると、よし、とシャープペンを取り出して、下絵をサラサラと描き始めました。
「このふたりは、向き合ってるんだよね。なんかこう、戦っている感じとかかな」
独り言のように呟きつつ、その手は休まることがない様子。途中、顔を上げると「ちょっと腕のポーズこれにして、見せてもらってもいいですか?」と私たちに動作のイメージをリクエスト。人間の動きや細やかな身体のラインをその場でぱぱっとインストールして、落とし込んでく様子はまさに仕事人。完成した、ジェヌさん流ぺぺ&ルルが、こちらです!
何かに取り憑かれたように激しくクレヨンを走らせ、まるでお絵描きバトルをするかのような、ぺぺ&ルル。これまでのキャラクターにまったく新しい人格が宿ったような絵に一同「おおぉ!」と歓声が上がりました。
ぺんてる筆が生む味わいのある線、画筆としてのポテンシャル、さらにイラストの全貌が徐々に仕上がっていく“描くよろこび”を、何より雄弁に伝えてくださいました。ありがとうございました!