表現する人々

3D CGアニメの最前線で、考え、描き、楽しむ。 レイアウトアーティスト/CGアニメーター・若杉遼さん

3D CGアニメの最前線で、考え、描き、楽しむ。 レイアウトアーティスト/CGアニメーター・若杉遼さん

01「才能がない」、それこそが得がたい才能だった

「僕、才能がないんです」

そう語るのは、3D CGアニメのレイアウトアーティスト/CGアニメーターとして世界の第一線で活躍する若杉遼さん。若杉さんは、日本の大学卒業後にアメリカ・サンフランシスコのAcademy of Art UniversityでCGを学び、CGアニメ界の世界最高峰ピクサー・アニメーション・スタジオにインターンとして採用され、キャリアをスタート。その後はカナダに拠点を移し、ソニー・ピクチャーズで第91回アカデミー賞長編アニメ部門受賞作『スパイダーマン:スパイダーバース』の制作に参加。2023年春公開の続編『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』でも、レイアウトアーティストとして映画作りの中核的な役割を担いました。そして現在はウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオで活躍中。その仕事ぶりはアニメ界の名監督からも名指しで賞賛された実力の持ち主です。

アニメーターはショットという数秒単位の短い場面(ひとつのカメラで撮影する映像。実写映画でいうカット)を担当して、キャラクターの表情や動作を作る役割。一方でレイアウトアーティストとは、ストーリー上のひとまとまりとなる数分の場面(=シークエンス)を担当して、監督などが描く絵コンテをもとにキャラクターや背景の配置、カメラの撮影アングル、光の加減などを決めて物語の流れと3D空間を作る役割のことを指します。

アニメーター、レイアウトアーティストとしてこれまでキャリアを順調に歩んできたように見える若杉さん。それなのになぜ才能がないと自らを表現するのでしょうか。

「世界中から才能がある人が集まる環境だからこそ、自分は彼らとは違うタイプだとわかるんです」

若杉さんのいう才能がある人とは、求められる最高の表現に対してまっすぐに最短距離でたどり着くことができる人。CGアニメーションは、ストーリー、人物の造形、場面設計はもちろん、細かな表情・動きから背景の小物ひとつまで、画面内に映り込むすべてをゼロから作り上げていく必要があります。そのため、表現の可能性は無限に広がっていて、選択肢も無数に存在する。だからこそ、最上の表現にたどり着くのは至難の業だと言うのです。

「セリフだけではなく、表現すべてが“言語”なんです。ポーズ、表情、動き……細部を積み重ねてキャラクターの性格や、背後にあるストーリーを伝えてお客さんとコミュニケーションをはかるので、どう見せるか、どう伝えるかアイデアがとても大事。才能がある人はベストと思われる表現にすぐたどり着くけれど、なぜその表現になったのか。と聞くと『だって、これがいいじゃん!』と感覚的にやってるんですね。僕は性格的にも『よくわからないけどうまくいった』が気持ち悪いので、考えて、試して、失敗しながら、これだ!という納得いく表現にたどり着きたいんです」

なぜ、この表情がピンとこないんだろう?
なぜ、あの人が描いたポーズがいいと感じるんだろう?
なぜ、自分のこの絵が評価されたんだろう?
どうしたら、キャラクターの心情をもっとうまく伝えられるだろう?
どうしたら、自分にもできるようになるだろう?

自身に問い続ける無数のWHYとHOW。その数だけ思考が生まれ、調べ、組み立てた仮説を試し、失敗し、また考える。自分の手と頭でひとつずつ掴みとる。
直線ではなく、回り道するその時間が、自分を育てていく。若杉さんはそう話します。

「逆に才能がないことが自分の強みだと思っていて、自分の表現すべてに説明できる理由があるし納得感もあります。自分は自分の表現を言語化しているからこそ、解決法を見つけられるし、壁を乗り越え、より良い表現を見つけられる。そんな自信があります」

02苦手な“手描き”が広げた表現と発想

「アニメーション(=技術)は教えられても、アイデア(=発想)は教えられない」。
キャリアをスタートしたピクサーではしばしばこう言われたのだとか。

どんな表情、動作でキャラクターやストーリーを伝えられる人間か。
創造性を常に試される実力社会で生きる日々、発想を生み出すコツや習慣はあるのでしょうか?

「まずは考えること。そして同じくらい大事だと実感しているのが、“手で書く・描く”ことなんです。絵を描いたり、言語化した思考を書き留めたり、頭の中のものを外に出して空っぽにすることで新しい発想、アイデアが流れ込んできたりするんですよね。それに、効率的でもあるんです。たとえば絵を実際に描いてみると、頭では正解だと思っていたポーズや表情が『なんか、これは違う』と即座にわかるんです。CGでの検証は時間がかかりますが、手描きならものの数秒で済みますから、すぐに次のアイデアを試すことができます」

ほらこうやって。とスケッチブックにさらさらっと何パターンものキャラクターを描いてくれた若杉さん。同じキャラクターでも、手や眉毛の位置を変えることで全く印象が変わります。

ちょっとした動作の違いから、キャラクターの持つ特徴や背景のストーリーが滲み出てくる。

「実は絵が苦手だったんです」と意外な言葉を続けます。

「CGアニメーターはCGソフトで絵を作りますから、『手描きのスキルは必要ない』という人も多いんです。僕もそう考えた時期もありましたが、それで良いのか?とモヤモヤしていました。だから数年前に一念発起。一年間で絵を描けるようになるぞ!と決めたんです」

どこへ行くときにもペンとスケッチブックを携帯。対象物を見て一分ほどで描くジェスチャードローイングでとにかく時間を見つけては描く、描く、描く。多い時は一週間にスケッチブック一冊を使いきるほど描きまくった結果、手描きのスキルをものにしました。

ジェスチャードローイング

「“描く”への挑戦の日々を支えてくれたのが描きやすいペン。筆跡の幅、インキの色の鮮やかさ、にじまない速乾性。描きたい気持ちを止めないベストを探して、売り場にあるペンをすべて、とにかく試しに試してたどり着いた一本が、ぺんてるのエナージェルだったんです。これまで何十本、何百本エナージェルを使ったかわかりません(笑)」

2 年前に出会った黒のエナージェルは、今ではすっかり若杉さんの定番に。

「当時は人間の体の形やポーズ、線を見てパッと一瞬で正確に描くという練習を重ねていました。上手な人はどんなペンでも描けるのかもしれないけれど、僕の場合はとにかく描きやすいペンであることが大事だったんです。にじまず、乾きがいいエナージェルは絵を描くモチベーションを妨げることなく、“どんどん描きたい”という気持ちに寄り添って、没頭することを支えてくれたんですよね」

海外生活でも文具店でエナージェルを見つけては、リフィルを買い足す日々。

描けるようになりたい気持ちから逃げず、そして “描ける”自分になったこと。そこから変化が訪れます。

「以前は苦手だったキャラクターの表情づくりが、人より得意になったんです。自分の頭にあるアイデアを紙に描いて再現し、差異を目で確認できるようになって、表現の幅がぐんと広がりました。苦手なことも取り組むと、人と同じレベルになれるどころか、むしろ長所になることすらある。可能性、資質、向き・不向きは、自分の想像を超えたところにあるかもしれないから、なんでもやってみないとわからないぞ!と思うようになりました」

03まずは「YES」を。思わぬ道が拓けるかもしれない

アニメーターとしてキャリアを積み、ソニー・ピクチャーズ時代にレイアウトアーティストへとジョブチェンジ。この転身も、とにかくやってみようから始まったそう。

「ある時、一ヶ月だけ手伝ってと言われ、レイアウトを手がけることになったのですが、最初は前向きではなくて。僕は数秒を狭く深く掘るアニメーターの仕事が大好きで、たとえばシワの小さな動き、椅子の質感などで直感的に伝えるアニメーターの表現に喜びを感じていましたから、『まぁ、一ヶ月だしやってみるか』というのが本音でした(笑)。ところがやってみたらレイアウトの仕事がおもしろくて。物語上のひとつの流れを担当しますから、よりストーリーを深く理解して、全体を俯瞰して見て、伝え方を考えていくので、個々のシーンを作るというより映画そのものを作っているという手応えを深く感じたんです」

どんどんのめり込み、ついにはレイアウトアーティストへの転身を決意。周囲の評価も獲得し、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』では見所となるシーンのレイアウトを数多く任され、アニメ界の奇才 クリス・ミラーに手がけたレイアウトを褒めてもらうまでに。

『スパイダーマン:スパイダーバース』アカデミー賞受賞後のワンシーン。オスカー像を手に。

「あの日もしも、『NO』といっていたら…人生にはいくつもの道があるからこそ、まずは『YES』と口にすることが大切だと思うんですよね」

04“楽しむ”が、どんどん道を作っていく

ーー将来を予想して、点と点をつなぐことはできない。とにかく興味のあること、信じることをやってみること。点のつながりは、あとから振り返ったときにしかわからないーー

「スティーブ・ジョブズのこの言葉がすごく好きなんです。だから興味を持ったことは全力で取り組んで、点をどんどん打っていこうと決めてるんです」

忙しい日々のなか、オンラインスクールでアニメ界を目指す若者に指導。自身もセミナーや講座を積極的に受講して更なる技術力向上を目指して鍛錬中。さらに、打つ点は自分の枠に留まらないほどいいと、フルマラソンにもチャレンジ。現在は雑誌『CG WORLD』で編集長も務めます。

「時間的に大変な時もありますが、“やってみたい”とか“挑戦したらどうなるだろう”が動機だからどれも全力投球できるし、新しい体験で視野が広がったり、まるで関係ない体験から仕事上の発見や気づきが生まれたりして、とにかくおもしろいんです。
やらなくちゃじゃなくて、“楽しむ”は前進や成長の大きな力。だから自分が講師として課題を出すときも僕から生徒へのルールは“楽しむこと”だけ。楽しもうとすれば、もっと驚かせようとか、こうやってみようかとか、自然と次の一歩が出て伸びていきます。楽しめないのだとしたら、“なぜだろう?”“どうしたら楽しめる?”そう考えることで見えてくることもあるんじゃないでしょうか」

「この取材に来る直前まで家でコマ送りの技術で遊んでたんですよ、これからはカメラについて学びたいし……」

取材中も、若杉さんからは次々と新しい“これやってみたい”“面白そう”がポロポロ。

「目標は?とよく聞かれるのですが、特になかったりするんですよね(笑)。というか目の前のことがおろそかになってしまうから、あまり先を見過ぎない方がいいとも思っていて。毎日、『その時その時をどうやったら楽しめるだろう』ということだけを考えています。その先に、思わぬ点と点がつながり、思いもよらないところに到達できるんじゃないかと思っていて。それが楽しみなんです」

若杉 遼(わかすぎ りょう)

2012年にサンフランシスコの美術大学AAUを卒業後、ピクサー・アニメーション・スタジオにてアニメーターとしてキャリアをスタート。2015年よりアメリカサンフランシスコからバンクーバーに移り、ソニーピクチャー・イメージワークスに所属。レイアウトアーティスト/CGアニメーターとして活躍するかたわら、3DCGアニメーションに特化したオンラインスクールを創設。講師としても活動している。2023年よりウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオに所属している。

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