表現する人々

ちょっとした“モノ”から、コミュニケーションは動き出す。 岩沢兄弟・いわさわひとしさん/いわさわたかしさん

ちょっとした“モノ”から、コミュニケーションは動き出す。 岩沢兄弟・いわさわひとしさん/いわさわたかしさん

01コミュニケーションや創造性を引き出す、モノのチカラ

アニメ『サザエさん』のおうちの庭を思い浮かべてみてください。
そこに実は、意外なコミュニケーションのポイントがあります。さて、なんでしょう?

「それは板塀です。あの板塀って意外と重要で、視線がぶつかるのを回避しやすかったり、逆に声がかけやすかったり、挨拶や会話の場になったり、室内の程よい目隠しになったり、人と人との関係性の中でとても機能しているんです。現実世界も同じで、コミュニケーションを円滑にするのは、人と人との間にあるちょっとしたモノだったりするんですよ」

そう話すのは、兄・いわさわひとしさん(以下、兄)。弟であるいわさわたかしさん(以下、弟)とのユニットで、さまざまなクリエイティブ活動をしています。

写真左が兄のひとしさん、写真右が弟のたかしさん。

建築家・映像作家・クリエイター・現代美術作家。いくつもの顔を持つ岩沢兄弟は、特に、「モノ・コト・ヒトのおもしろたのしい関係」を合言葉にした空間・家具設計やコミュニケーション設計による、人や組織の活動の足場となる拠点づくりを得意としています。

オフィスやイベントスペース、公共施設。数々の空間設計を手がける岩沢兄弟のもとには、「クリエイティビティを高めたい」「人と人の関わりを活性化したい」「心地よい時間を提供したい」といった抽象的な言葉での依頼も多いそう。それに応える空間を創るふたりの仕事は、いわば新しいコミュニケーションの仕掛けをつくること。目に見えないものだけに難しく思えますが、その鍵を握るのは実は“モノ”だと語ります。

人間には感情があるから、その感情をベースにコミュニケーションしようと思うと複雑すぎて難しい。だったら感情のないモノを中心に考えたほうが円滑なコミュニケーションが生まれると考えるんです。たとえばある空間に構造的には必要のない柱を一本入れてみると、直接的な視線が回避できて会話がしやすくなるとか。そんなモノによる仕掛けを設けることで、そこにいる人と人もうまく回り出したりするんです。

椅子をあえて斜めに座るような配置で置くと、相対するよりリラックスして話ができたり。モノやその配置がコミュニケーションにもたらすチカラは私たちが想像している以上にずっと大きいのだとか。

空間デザインを考える時には、ふたりでまずその場に立って空気感や違和感を共有するんです。ちょっと空気がよどんでいるとか、あそこが動きにくいねとか。本当に些細なことを感じて、あれを動かしたら変わるかもといった気付きが始まりですね。コピー機はあっちに行きたがってるんじゃない?なんておかしなことを言いながら(笑)、モノの配置や扱いから空間全体のレイアウトを考えていきます。

「トランスコスモス DI本部 新オフィスの空間デザイン」(2020年)。

画像提供 岩沢兄弟 撮影 ただ(ゆかい)

方向性をふたりで決めたら、兄・ひとしさんは設計チームを組んで空間デザインに取り掛かり、弟・たかしさんはコンセプトを言語化していきます。もちろん、リサーチも欠かさず、依頼者からふいに出た言葉やふるまいなどの動作を手がかりに目指す空間像を描き、要所要所に仕込む“板塀”になるものを探し続けるのだとか。

携帯で話すときに男の人はなぜか壁にむかって話すでしょ(笑)、そういう小さいことも見ています。そこにメモを置いたらもしかしたら動作がスムーズになるかも、とか。

通路にさりげなく置かれたダンボール、デスクの配置、空気の通り道、人の何気ない視線や仕草。そんな小さなピースがプロジェクトをより良くするヒントになることも。空間づくりの手がかりとなる小ネタを探して、現場ではとにかくキョロキョロしています、と笑いながら語ります。

02凸凹個性が生む、相乗効果

美術教師だったお母さまの画材、電気技師だったおじいさまの工具。表現や創作の道具がごく身近にある家庭に育ち、同じ環境で過ごした兄弟といえど、子どもの頃から興味の対象はそれぞれだったとか。

兄はファッションやアート、僕はパソコンやプログラムと、小さい頃から目を向ける対象は違っていましたね。

兄・ひとしさんが視覚領域である建築デザインを、弟・たかしさんが思考領域であるコンセプトワークやリサーチを担う現在に通じる視点の違いが、ふたりのクリエイティビティを伸ばしてきた秘密。

各々美術大学を卒業後、兄・ひとしさんは主に建築分野、弟・たかしさんは映像編集分野で別々の活動をしていたある時、ファッションビルの店舗デザインの仕事の声がかかり初タッグ。その仕事で手応えを感じたふたりは、共同経営で有限会社バッタ☆ネイションを立ち上げ、兄弟での活動を本格化させます。以降、異なる専門性を活かした立体的なクリエイティビティが評判となり、店舗設計・空間設計では受賞歴も多数。他にWEB制作、ムービー制作、紙媒体等も手がけ、昨今は現代美術作家としてのアート活動など次々と表現の幅を広げています。

「瀬戸内国際芸術祭2022/鬼ヶ島ピカピカセンター」。

アート活動として2020年に参加、鬼ヶ島伝説をもとにしたという店舗型インスタレーション。

仕事観についても、「好きな仕事だけをしていることが将来的な理想」と弟・たかしさんがいえば、「苦手な仕事もあったほうがいい。好きな仕事がうまくいかないとストレスだけど、苦手な仕事だと落ち込まないから」と返す兄・ひとしさん。互いの違いを認め合い、活かしながら、活動に取り組みます。

ふたりのキャラクターが全然違うから、クライアントもどちらか話しやすい方に話してくれるので取りこぼすことはありませんね。むしろお互いが違う視点でキャッチした情報を合わせることで理解が深まって、ふたりでやっていてよかったなと思います(笑)

03アイデアが思わず“すべりだす”ペン

広告会社やデザイン会社など、アイデア勝負のクリエイティブ業界から「共創」をテーマにした空間設計を依頼されることも多いおふたり。

その集団にいる人たちのクリエイティビティが気持ちよくすべり出して、走り出すような、そんなきっかけを家具や空間に仕込む。発想をドライブさせるということを常に考えています。

場への仕込み方によって人の創造性や生産性はグンと変わるからこそ、その最大化を狙う仕掛けが重要。それは一般の人々が参加するイベントやワークショップでも同様で、ファシリテーターなどを務める場でも、小さなモノをきっかけにアイデアの発出を促すそうです。

誰もが必ず大なり小なりアイデアや意見を持っているのですが、日頃から慣れていないと人前でアイデアを披露することに照れてしまったり、ためらいを感じますよね。それを“するっと超えさせてくれる”のが、これです。

そう言って差し出したのは付箋、そしてぺんてるのサインペン。

アトリエにある文具ボックスをゴソゴソと探ると、王道の黒と赤のサインペンが次から次へと。

一本の線や一文字を書いたらその勢いでなんとなくその後も書けてしまう経験ってありませんか?特にこのサインペンは書き心地がいいからどんどん書けてしまう。自然と書くモードを切り替えてくれるんです。言うなれば、“ラフさを許容するペン”で、字が汚くても雑でもいい、速く書けるからどんどんアイデアが出せるのがいいんですよね。デジタルツールが発達して日常的に利用するようになっても、アイデアを出す、披露するときの“超えなきゃいけない壁”を突破させてくれるのは、手で書くというアナログな行為なんです。それに素早く書けるから思考を止めない。僕もどんどん速く書きたいときはサインペンを手に取ります。

すべるようななめらかな書き心地が、心の抵抗や摩擦を取り除き、付箋に何か書こうと手がつい動いてしまう。

それがこのペンの特別なところですよね。特にアイデアがなかったとしても、何も考えてなくても(笑)、なんとなく書き始めちゃう。自分たちの仕事でも複数人のアイデア出しの場面なんかでよく使います。書いた文字や絵が見やすいし、それにインキが確実に出るからストレスもありません。書こうと思ったときに絶対に書ける安心感がいい。すごいペンだと思います。

触れたらアイデアが出る、みたいな。感覚より先に結果が来る感じが、頭の体操にももってこいですね。パソコンで打つと見た目も内容も整えたくなるけれど、サインペンはラフでOK。面白いですよね。

さらに、“サインペンは平等をもたらすペン”だと強調します。

絵や字がうまい人もうまくない人も同じように使えますし、何より、平社員も、役員も、書いている間はみんなが一緒。会議だとつい声の大きい人、話がうまい人が中心になりがちですが、このペンで書く間は全員が平等。アイデア創造の機会を平等にする貴重なツールだと思います。

アイデアのおとも、サインペンとともに弟・たかしさんは9マス付箋の「くみかえノート」も使っているそう。

04こんなことができる、から世界が広がっていく

家具などのプロダクト製作も手がけ、また現代美術作家として工業製品を使ったアート作品などを生み出している岩沢兄弟。たとえば「こんなのがあったらな」という文房具はありますか?

たとえば子どもの成長とともに使わなくなったクレヨンをまとめて一本に、なんてできたら思い出にもなるし、資源もムダにならずいいんじゃないかなと。何よりきっと楽しいですよね。

試し書きがひたすら楽しいペンとか欲しいかな。

好きな色の絵の具をビュッフェ形式でセレクトできるイベントもあってもおもしろそう。

「あったらいいな」をすぐに実行するフットワークの軽さが魅力の岩沢兄弟。写真左は持ち運びが簡単な「ラジオスタンド」の実験。

写真右は「岩に穴を開けて、何かを詰めてみた」の一コマ。

アイデアが次々と飛び出し、具体的な実現方法や製作手法まですぐに話が展開していく様子はまるで商品企画会議さながら。アイデアを生み、展開させていくその姿に、360度に目を光らせ新しいコミュニケーションを模索し続けるふたりのクリエイティビティの一端を見る思いでした。

コロナ禍でオンライン会議をはじめ、たくさんのデジタルコミュニケーションが一気に当たり前のものになって、僕たちが想定していたよりも早くデジタル優位の時代がやってきました。今後もメタバースやAIなどコミュニケーションの舞台やその手法はどんどん進化していくと思います。そんな時代だからこそ、アナログとデジタルが融合する面白さに出会えたり、デジタルにはできないアナログならではの魅力を再発見できたりするんじゃないでしょうか。僕たちに求められる空間づくりもこれからどんどん変わっていくはずですから、よりよいコミュニケーションがドライブする方法を模索し続けていきたいですね。

岩沢兄弟(兄・いわさわひとし 弟・いわさわたかし)

「モノ・コト・ヒトのおもしろたのしい関係」を合言葉に、人や組織の活動の足場となる拠点づくりを手掛けている兄弟ユニット。WEB・紙媒体制作から空間設計まで幅広く手がけ、特に空間・家具などの立体物設計、アナログとデジタルを活用したコミュニケーション設計を得意する。プロダクト開発やワークショップ等も多数手がけ、近年は瀬戸内国際芸術祭出品をはじめ現代美術作家としても活動するなど活躍の場を広げ続けている。

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