表現する人々

いつでも、どこでも、アイデアを走らせてくれるサインペン。 ブック・コーディネーター/内沼晋太郎さん

いつでも、どこでも、アイデアを走らせてくれるサインペン。 ブック・コーディネーター/内沼晋太郎さん

自ら「ブック・コーディネーター」という仕事を確立した内沼晋太郎さん。飲食店や雑貨店、ホテルにマンションなど、さまざまな場所に設置するライブラリの選書を行うのみならず、ビールが飲める書店や日記専門店を立ち上げたり、イベントや街づくりを手がけたりと、カルチャーの作り手として存在感を放ち続けています。内沼さんの発想を必要とする人や企業のため、東奔西走しながらアイデアを生み出し続けるその手に必ずあるのが、サインペン。今やこれなしの毎日は想像できないとまで語る、サインペンとの関係をお伺いします。

01アイデアを生み出し続ける毎日を支えてくれる一本

選ぶ理由は、明解。“早くて、安くて、うまい”から。
え、牛丼屋の話?
いえいえ、ブック・コーディネーターの内沼晋太郎さんが長年愛用しているサインペンのお話です。

「仕事のアイデアを考えるときやそのアイデアを資料としてまとめて見せるときに、必ず使うのがサインペンです。日本中どこでもコンビニなどで“素早く”“お手頃価格”で入手できますし、この絶妙な線の太さとハッキリくっきりしたインキのおかげで“うまい”ことアイデアや資料がまとまるんです。本当にありがたいかぎりで、僕の毎日を支えてもらっています」

選書の専門家「ブック・コーディネーター」という職業を日本で初めて確立したことを皮切りに本・出版にまつわるプロジェクトやイベントを多く手がけ、“ビールが飲める本屋”をコンセプトにした新刊書店「本屋B&B」や日記の専門店「日記屋 月日」を立ち上げたり、小田急線下北沢駅周辺の再開発計画の一環でイベントを行うスペースを運営したり…。本を中心として多彩な活動を展開し続ける内沼さん。
前例や慣習にとらわれずに物事を見つめて、新しいアクションやカルチャーを生み出す柔軟な発想力と、アイデアを形にする行動力を求めて、内沼さんの元にはさまざまな企画の依頼や相談が舞い込みます。

「サインペンは、もちろん幼い頃から当たり前に身近にありました。でも、それが『なくてはならない存在』に変わったのは、仕事を始めてしばらく経った20代半ばの頃だったと思います。僕が提供する売り物はアイデアで、いつでも、どこでも、どんな状態にあっても、すぐにアイデアを考えられることが大事。これまでアナログ・デジタル問わず様々なツールを試してきましたが、いつの頃からかA4用紙×ぺんてるサインペンという組み合わせがマストとなりました。
特にペンは重要なんです。A4の紙はボールペンなどの細いペンでは線が細くて見づらいし、ある程度スペースもあるので必要以上に書き込むことになったりして、まとめるのに時間がかかってしまう。でも、逆に太過ぎるペンだと書きづらくて内容もあまり書き込めない。それに高価なペンだったりするとちょっと気軽には使えないし、万が一無くしてしまったら泣くに泣けないですよね。
実は自宅にはサインペンを箱で買ってストックしているのですが、使っているとどこかに置いてきちゃったり、忘れちゃったりもよくするんです。でも、どこでも買えると知っているから焦ることがありません。コンビニはもちろん、訪問先の会社にも備品としてあったりと、どこにでも存在している。アイデアを考えることに集中したいので、紙やペンなどの環境が変わるのは嫌なんですよね。そこでストレスを感じたくない。日本中どこにいてもA4用紙とサインペンという状況を作ろうと思えば30分以内に作れる、これもサインペンを使い続ける理由です。それまではいろいろなペンを使っていましたが、ぺんてるのサインペンに落ち着いてから、もう10年以上になります」

02手で描くから生み出せるアイデアがある

選書だけではなく、新しいサービスのネーミングを考えたり、商品企画を構想したり、事業プランを練ったりと内沼さんに求められる内容はさまざまですが、アイデアはどのように発想しているのでしょうか。

「書くことの身体性を大事にしていると言いますか、紙に手で書いてみて、並べて、比べて、紙を入れ替えたりしながらアイデアを考えていくんです。そうしてアウトプットして、身体も多少使いながら俯瞰して見ていくと、どのアイデアが良いのかが見えてきます。だから、アイデアは一枚に一つだけです。そして、こういうアイデアの発想法にはサインペンがぴったりなんですよね。“細過ぎず、かといって太過ぎず”のサインペンは、A4用紙との相性が絶妙で、少し離れた場所からも見やすく、ちょうどよいですから。また、サインペンの筆記線だと、そこまで細かくは書き込めない。ボールペンなどに比べたら、文字のサイズもある程度大きめになりますよね。1枚の紙に描ける量もそこまで多くはないので、自分のなかで自然と書く内容を精査してポイントを書くようになるから頭も整理されるんです。

考えたアイデアを羅列するならメモアプリを使えばいいかもしれません。1シートに1アイデアを書き出すにしてもプレゼンテーションアプリを使えばできることはできます。でも、ちょっと違うんです。大事なことを決める時には手で実際に書いてみてそれを眺めてみると『よし、これだ!』と自分の中で確信がもてるんですよね」

また、アイデアシートには、文字だけではなく、わかりやすいように簡単な図や絵を描くことも。

「特段に絵心がない僕でも気負いなく描けるのもサインペンだからこそ。それにサインペンで描いた絵や図をスキャンして、プレゼン資料にはめ込むと特別感が出ていい感じになるんです。頑張って考えたアイデアの価値が3割増しくらいになります(笑)。」

A4用紙は、ご自身が経営に携わる株式会社バリューブックスで企画・制作した「本だったノート」に用いているペーパー「本だった紙」を使用。古紙回収にまわるはずだった本から生まれたリサイクル紙は、ところどころに文字が残り本だったことの面影が感じられます。

手で描くことを大切にし、その価値を実感している内沼さんは、「手描きの今」をどう見ているのでしょうか。

「今はインスタグラムなどのSNSでも手描き文字を公開する人が増えていたり、デジタルが主流の時代になってみんなが逆に手描きがもつ良さに気づいているような感じはしますね。経営している日記屋月日には日記好きの人が集いますが、手描きの日記を本にして売る人もいるんですよ」

その一方で、日々アイデアを大量に手描きしている内沼さんご自身は、日記は逆にデジタル派なのだとか。

「日常的にそう大したことがあるわけではないですが、それだけに自分で記録しておかないと流れていってしまうので。仕事中も日記を書いているアプリを常に立ち上げておいて色々書いています。日記には、もちろんいわゆる普通の日記も書きますが、それ以外にも書き上げてはみたものの諸般の事情により送らなかったメールやSNSの投稿も日記にコピペして記録しています。誰でもちょっと感情的になってワー!と書いた文章って日々生まれてくるじゃないですか。そういう日の目を見なかった文章たちを日記に記録することで供養してあげてるんです(笑)。覚えておくためというより、気持ちよく忘れるためといいますか」

03すべての活動は、本と人との出会いを作るために

出版文化、読書文化衰退の危惧が盛んに聞かれるようになった1990年代後半に10代を過ごした内沼さん。「本を読まない若者世代」のなかにあって、本の魅力を伝えることがしたいと学生時代に雑誌を作りはじめるも挫折し、就職した本にまつわる展示会の会社を2ヶ月半で退職して、ブック・コーディネーターに。

その後は先述の通りイベントの企画や街づくりのプロデュースなど、クリエイティブ全般のディレクションへと活動の幅が広がる一方ですが、内沼さんにとってはすべて「本と人との出会いを作っている」という意識なのだそう。

「紙の本は大好きで思い入れもかなり強いのですが、同時に、紙に印刷されたものだけが本なのかな?とも思っているんです。言葉で定義するのは難しいですが、すべてのコンテンツはすべて広義の“本”と言ってもいいのではないかなって。イベントや人が集まる場を作ることもそうだし、その考え方でいけば飲み会の企画だって本づくりって言ってもいいかもしれません。

ざっくり言うと、この20年はコンテンツよりもコミュニケーションに重心が移った時代なのかなと思っています。かつてはコンテンツが王様で、大人気のものをみんなが見ていて、それについて話すコミュニケーションが楽しかった。けれどいまは、コンテンツは細分化してひとつひとつはビジネスとして小さくなっている一方、コミュニケーションのプラットフォームが巨大企業になっている。スマホを通じたコミュニケーションが圧倒的な主で、いかに写真や動画において映えるか、人に話したくなるかということを意識して、コンテンツがつくられる。けれど自分はやっぱり作家から直接出てくるコンテンツが、ちゃんとつくり続けられる世の中になることに、自分の力を使いたい。その最たるものが本だと思っているし、あらゆるコンテンツが本のようにつくられて売られるといいなと思っているので、自分の仕事はすべてつながっていると思ってやっています」

04「サインペンだった××」ができる日がくる!?

ところで内沼さん、サインペンや文具へのご要望はありますか?

「そうですね、最後まで使い切ったサインペンを、うまくリサイクルできたりすると良いなぁ」

ご自身も本のリユース活動に力を入れており、古書市場でも値段がつかない本をただ古紙にするだけでは忍びないと、「本だったノート」をつくっている内沼さんらしいご返答。そして、そこで話は終わりません。

「たとえば、サインペンのインキを補充できるようにするのも考えられますよね。でも、そうなるとサインペンの持ち味である滑らかな書き味が落ちちゃうかもしれないし、今の品質を保つためには非常に高度な技術開発が必要になってくるかもしれない……。じゃあ視点を変えて、使用済みサインペンを回収して、何か別の形に生まれ変わらせるとか? でも、回収するにも手間や時間、費用等のコストがかかりますしね。ユーザーとしてもメーカーとしてもずっと続けられないと難しい。たとえば本屋や文具店にサインペン回収ボックスを置いてポイっと入れられるようにするとか、そういう方法を考えねばですよね。うーん……」

突然振ったお話にもどんどん具体的なアイデアを出し、いろいろな視点でより良い道を探ろうとしてくださる姿勢はさすがの一言です。

では、内沼さんの「本だったノート」を真似させてもらって、
「サインペンだった××」と新しいプロダクトを生み出すという道もアリでしょうか?

「それはいいですね!ぜひ、実現してください。応援しますし、楽しみにしています!」

内沼 晋太郎(うちぬま しんたろう)

1980年生まれ。ブック・コーディネーター。2012年、新刊書店「本屋B&B」を博報堂ケトルと協業でオープン。現在、株式会社バリューブックス取締役、株式会社NUMABOOKS代表取締役として、本にかかわる様々な仕事に従事。また、東京・下北沢のまちづくり会社、株式会社散歩社の取締役や、日記の専門店を運営する株式会社日記屋月日の代表取締役もつとめる。著書に『これからの本屋読本』(NHK出版)『本の逆襲』(朝日出版社)などがある。現在、東京・下北沢と長野・御代田の二拠点生活。

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