はみだし24hリレー

ものがたりを紡ぐ、未完の陶板絵本。陶芸家/北郷江さん

ものがたりを紡ぐ、未完の陶板絵本。陶芸家/北郷江さん

「24時間ではみだす」をテーマに、表現に携わる方々にぺんてる製品を使って作品を仕上げていただく実験的なこの企画。作品を仕上げた表現者の方は、友人・仲間・知り合いなどなど、次の表現者の方にバトンを渡していただきます。

第一回である前回に登場していただいたアート・コミュニケータの安部田そらのさんがバトンを渡したのは、陶芸家の北郷江さん。犬・猫・ヘビ・トカゲ・鳥・魚・植物など、さまざまな生きものとともに暮らしている北郷さんが主軸とする作品は、生きるひとコマを切り取ったようなかわいらしい動物の陶オブジェ。

陶芸という立体と、ぺんてるの画材。そして24時間という制約の中から、果たして今回はどんなはみだしや気づきが生まれるのでしょうか?
まずは、恒例の画材選びからスタートです!

北郷江 Kou Kitago

1989年生まれ、東京藝術大学美術学部工芸科卒業。陶芸研究室の大学院を修了したのち、東京を拠点に作家として活動。また陶芸教室「澄-スミカ陶芸教室」を営み、子どもと大人の美術の関わり方についても興味を持ち活動している。

01#01:画材選び

粘土のように、画材の触感を手指で確認!

安部田さんから今回の依頼があった際には「子育て中の私に、そんな時間あるのかな!?」という気持ちが大きかったそうですが、「今の自分に舞い込んできた理由が、何かあるはず。いや、それよりも楽しそう!」と制作への誘惑に導かれて……。1歳のお子さんとともに、画材選びに足を運んでいただきました。

彫刻家の父と油絵を嗜む母。そんな生粋の芸術一家に生まれたこともあり、画材に囲まれて育ったという北郷さん。

「小さいころから画材や文房具が大好きで。いまだにその気持ちは変わらず、ぺんてる製品があったからこそ今の私がいるといってもいいほど恩恵を受けています」

そんな嬉しい言葉とともに、用意された20種以上のぺんてる製品に手を伸ばす北郷さん。

「これ欲しいと思っていたんですよね」「このシリーズ好きなんですよ」と、画材好きの顔をのぞかせながら、指でこするなどしてグラデーションの濃淡や伸びを確かめていきます。

今回は素焼きの陶板を支持体(土台)にして表現したいとのことですが、陶板には高い吸水性があるため、画材との相性は未知数。「素焼きに染み込んでしまうところも、面白くやれたらなと。大きく色を塗って表現するにはえのぐかな……」と、水彩やアクリルのえのぐがある中で北郷さんの目に留まったのは、直接手にえのぐを出して伸ばしたりくっつけたりすることで触感や色の混ざり具合を楽しめる、「ゆびえのぐ」。
「これにします!」と即決でしたが、粘土のように手で扱えるところに、作品へのひらめきがあったのかもしれません。

そして今回からは、前回の表現者からリレーバトンの代わりとして指定された画材を1点使うというルールも。北郷さんが安部田さんからバトンとして受け取ったのは、筆のような描き心地のホワイトボードマーカー「ノックル ボードにフィット」。ホワイトボードなどのツルッとした面に書くことを想定された文具のため、それを陶板でどう活かそうかと北郷さんは考えている様子。

「全てを決められないので、多めに選んで自宅で考えてもいいですか?」

悩んだ末、絞り込んだ8種類の画材をピックアップして相性を確かめることに。
そんなこんなで最終的に北郷さんが選んだものは、ヘラ代わりとして使用する定規を含めたこちらの5種類!ここから総制作時間24時間で、作品制作に取り組んでもらいます。

北郷さんの選んだ画材・道具はこちら

ノックル ボードにフィット

ゆびえのぐ

専門家用パス

ぺんてる筆 顔料インキ

⑤三角定規

02#02:制作・作品探求

「24時間×与えられた道具」。縛りがあるからこそ、直感的な作品に

年をまたぎ、春の訪れとともに完成した北郷さんの作品。
「自宅に来てください!」ということでお邪魔させていただくと、そこにはA4サイズほどの大きさでありながらも、ずっしりと重みのある陶板がずらり。

「なかなか乾かないなと、午前中も200℃近くの温度で炙っていたんですけれど……」

と、自宅内のアトリエに並べられた9枚の陶板画は、側面から見るとえのぐがこんもり!画材選びの際に即決したゆびえのぐが、こんな形で使われるとは驚きです。

ゆびえのぐのこんもりとした立体感はまるでお菓子のクリームのよう。

「“はみだす”というテーマを聞いたときに、やっぱり想定外のことをやりたいなと。そこで私は、描く道具であるえのぐを立体として扱うことに着目したんです。830℃で焼いたテラコッタ(素焼きの焼き物)の陶板を作り、水分を含むえのぐを立体的に乗せたら、どんなふうに変化していくのかをやりたかったんです」

24時間というルールだからこそ、今回は直感的かつ実験的に制作に臨んだという北郷さん。よく見ると、一枚一枚の陶板が異なる表情を持っています。

「粘土を得意としているからこそ、自分ならではの“手グセ”みたいなものは誰とも違うと思っていて。自分らしさを消さないよう、あえて綺麗に型取りをせず、ガビガビグネグネしたものを付けたんです」

ということは、陶板の制作時点から絵のイメージは決まっていたのか否か。そんな疑問を投げかけてみると。

「焼き上がりを見てから、どのえのぐが面白いかなと選びました。というのも、24時間で制作するという瞬間的なところに、きっと意味があるんだろうなと。時間をかけずに与えられた素材で『じゃあ、こいつをどうしてやろう?』といった感じでやってみました」

ベースとなる陶板制作中の風景。しっかりと時間をかけて乾かしていきます。

実験的にえのぐを載せて焼いてみた一枚

焼く前の陶板は色鮮やか。

一つひとつの大きさは同じながらも、異なる表情を持つ陶板は、描く際の表情にどのような影響をもたらすのか――。そんな陶板制作の時点から、直感を大切に作りあげた“ものがたり”が、こちら。

タイトルは「僕の いちにちの いろカタチ 〜絵の具の絵本〜」です。

「主人公の男の子の一日が、紙芝居みたいな感じになっていて。実は裏にも言葉がちょっと書いてあるんです」とのこと。例えばゆびえのぐをギュッと絞り出したときにできた形がツヤツヤしていたから、この一枚は「朝はパンにマーガリンをぬって」。

「朝はパンにマーガリンをぬって」

北郷さんが1日に使える制作時間は、お子さんのお昼寝タイムの約2時間。細切れの24時間だからこそ、その日の天気や気分や陶板の色形など、さまざまな直感が落とし込まれた一枚が絵本になっています。

また「お母さんのセーターの色が何色かわからなくて」や「夕暮れには僕の服はしっかり乾わいていたけどとてもクシャクシャ」など、子ども目線の世界を表現しているところも北郷さんらしさ。

「お母さんのセーターの色が何色かわからなくて」

「夕暮れには僕の服はしっかり乾わいていたけどとてもクシャクシャ」

「子育てをしているからこそ、こういう発想になったのかなと。子どもの持つ感覚はずっと大切だと思っているんです」

「普段の作品でも、素材や技法や工程っていうのはどうでもよくて、自分が見せられるテーマやものがたりに目を向けていただければと思っているんですよね。裏に書いてある言葉は実は重要じゃなく、見た人や触った人がそれぞれ違うことを感じるのもおもしろいかなと」

そんな自身の作風を踏襲しつつも、普段の北郷さんのオブジェとは一風異なる今回の作品は、「24時間×与えられた画材」という枠があったからこそ生まれたもの。
24時間の中で、制作工程をどう割ったらいいのだろう……。安部田さんからバトンを渡されたときに一番気がかりだった部分は、作業の中で自然と流れができてきたそうで、これは、ご自身のなかでも想定外だったようです。

03#03:画材探求

次世代に残す陶芸と、消えてしまう画材

「今回は画材の特性を大切にしたいというのもテーマ。だからこそ、作られたありのままの色をチューブから出してそのまま塗り、色を混ぜることもしていません。なかなか自分では選ばないかなっていう色を使うところも新鮮だったんです」

そこで北郷さんはマスキングテープで縁をつけ、そこに“ありのままのゆびえのぐ”を塗り、立ち上がりを出すことに。平面で使われるえのぐで立体を作っていくところは、特にワクワクして楽しかったといいます。

制作中の風景。マスキングテープで縁取りし、何層にも塗り重ねていきます。

しかしながら、吸水性のある「テラコッタ(素焼きの焼き物)」を支持体(土台)に使用したため、想定外の出来事も。メインで使用していた「ゆびえのぐ」に、地割れのようなヒビがどんどん出てきたのです。

「画材を想定外に扱いたいと考えていましたが、えのぐにヒビ割れが起きたことは、ゆびえのぐの面白さというか。私的にはこのヒビが嬉しいんですけどね」

えのぐの色によって成分が異なることもあり、大きなヒビに小さなヒビと、作品自体が生きているように変化を見せています。

「本来陶芸というものは長い歴史を生きられるほどのものです。そのため高い温度でも残る加飾(器物の表面にさまざまな工芸技法を用いて装飾を加えること)などをしていくのですが、今回は与えられた画材で作るからこそ新鮮で。ホワイトボードマーカーって、瞬時に書いて消してを繰り返すものですよね。陶芸の概念とは真逆の素材で、いつかは消えてなくなることもあるかと思いますが、それはそれかなと」

そのほかにも、えのぐの上から「専門家用パス」を大胆にガシガシと乗せることで、えのぐでは拾えなかったテラコッタ(素焼きの焼き物)の凸凹を見える化。作品の中で描かれているケーキやセーターなどの線や裏面の文字は、「ノックル ボードにフィット」を使ってくっきりと線が見えるように。
24時間で、アイデアの検討から完成まで。そんな瞬間的な制作だからこそ、検討事項を取っ払った自由な作品ができたのかもしれません。

ここからどんどん経年変化が進むであろう、現時点では未完成とも呼べるこの作品。完成のタイミングはいつなんだろう? そんな疑問を投げかけると。

「ホワイトボードマーカーが消えたときには、誰かが書き足してもいい。違う表現を思いつくことも、ものづくりの面白さだと思っているので、裏側に書かれた言葉から『なんで、この言葉なんだろうね』と、現在の形を想像するような会話が生まれればいいかなと思います」

そんな風に、変化を前提に作られていることが印象的でした。

04#04:振り返り

人の背中を押す「はみだしていい」という言葉

美術や陶芸の先生としても活躍する北郷さんは、生徒さんには「自由にやってくださいね」とは滅多に言わないそう。

「自由にやってみましょう。という言葉に戸惑うことってありますよね。人によってはよかったり、よくなかったり。でも今回は『はみだしてみてください!』っていう一言があったからこそ、それだけで楽しむことができました」

北郷さんの作品は、「見る」だけでなく、その空間で「聞く・思う」アート。
だからこそ展示作品に自由に触れられるほか、見た人が北郷さんの描いたものがたりに未来や過去を付け足してもかまわない。型にはまらず自由な表現を追求する北郷さんは、ずっと前から、はみだしを得意としていたのかもしれません。

「予想外に手を動かすことを大人も子どもも、多くの人に経験してほしい」

そう願う北郷さんは、ホワイトボードマーカーのように“ここでしか使わない”と想定して生まれてきた道具が、実はいかようにも使えること。紙やビニールシートに描く・長期保存しないことを前提にしたゆびえのぐが、ヒビを含めた新たな一面を見せることなど、「はみだしていい」ことを今回の制作で身をもって示してくれたのです。

はみだしてしまうと「怒られるかな、嫌がられるかな」と思いがちですが、はみだしこそが新たなイノベーションを生むことも。事実、想定外の画材の使用方法によって作られた今回の作品は、新たなぺんてる製品へのヒントとなる実験の宝庫でもありました。
さて次回は、誰のどんなはみだし作品がみられるのでしょうか?お楽しみに!

北郷さんの24h

総制作時間は20時間。粘土は乾燥に非常に時間がかかるため、陶板の乾燥時間は24時間には含んでいません。イメージを探ってみたりストーリーを考える時間が多いところが、作品の背景にあるものがたりを大切にする北郷さんらしさを表しています。