はみだし24hリレー

“一人で描かない絵”ができるまで。アート・コミュニケータ/安部田そらのさん

“一人で描かない絵”ができるまで。アート・コミュニケータ/安部田そらのさん

「24時間ではみだしてみてください」

突然こんな言葉を投げかけられたら、みなさんならどうしますか?
どうしよう。はみだすって何から?どんなふうに?そもそも“はみだす”ってなんだろう……。

どんな表現や思考、アイデアも、はみだす一歩から生まれる。ぺんてるが掲げる「正解からはみだそう」という考え方を深く掘り下げていくために、実験的な企画を立ち上げました。
その名も、「はみだし24hリレー」。
表現に携わる方々に、ぺんてる製品を使って“はみだし”ながら一つの作品を仕上げていただきます。作品を仕上げた表現者の方は、また次なる表現者の方へバトンを渡していくリレー方式でお届けします。

テーマは「24時間ではみだすこと」。はみだす方法は問いません。24時間という限られた時間、いつもとは異なる表現や画材、色彩や製作方法など、さまざまな制約の中から、一体どんなはみだしが生まれるのでしょうか?

第一回目となる今回は、ワークショップをつくるひとでアート・コミュニケータの安部田そらのさんにご登場いただきました。

安部田そらの Sorano Abeta

2010年東京藝術大学美術学部工芸科鍛金専攻卒業。2012年東京藝術大学大学院美術研究科修士課程工芸専攻鍛金修了後、アーティストとして作品を発表するかたわら、さまざまな企画・アートワークショップの運営に携わる。東京藝術大学の卒業生を中心とした芸術団体、「みっけ」ではジャンルを融合した体験プログラムを企画している。また東京都美術館×東京藝術大学によるアートを介してコミュニティを育む「とびらプロジェクト」の9期アート・コミュニケータとしても活動。

01#01:画材選び

画材を手に取り、“はみだし”のウォームアップ!

「ぺんてる製品を使って、はみだしてみてください」という突然の依頼にも関わらず、「おもしろそうですね!」とポジティブな反応を見せてくれた安部田さん。作品を描く前にまずは画材選びからということで、えのぐやペン、筆、修正テープなど、20種以上のぺんてる製品を実際に試してもらいました。

金属を金槌などで打つことで形を変えていく鍛金(たんきん)が専門の安部田さん。絵を描くことは本業ではないものの、自身で開催するワークショップなどで、絵を描くこともあるんだとか。

安部田さんの鍛金作品「EMU 黒板こけし×安部田そらの 銀のさじ」

気の向くままに、画材を手にして、一つひとつ感触を確かめるように試していきます。

いろいろな修正具(液)を試して「これ楽しい!」と一言。何か新しい表現を発見したよう

修正テープを手に「直線だけでなくカーブも意外と描けるんですね。太さもあってパワーがある。色画用紙との相性は良さそう!」と、色紙の上でなめらかに動かしていきます。そしてその横に修正液でポツポツと点を描いていくと、瞬く間にブルーの画用紙がポップな印象に!

そのほかにも、蛍光ペンやホワイトボードマーカー、8色のシャープペンシルの芯が繰り出される「マルチ8」など、さまざまな製品を試す中で、目に留まったものが、「ぺんてるパステル(デッサン・クロッキー・コンテ画用)」と「ヴィスタージュ みず筆」。画材同士の相性や色彩の強弱もしっかりと確かめていきます。

パステルで塗った上から指で擦るとさらに柔らかな印象に。

みず筆との相性もよさそう!

自分の手で感触を確かめることを大切にしたいという安部田さん。力加減でインキの液量を調整し、どのぐらい擦れば、どんなふうにかすれるのか。その感触や手触りを感じることは、「人間を人間たらしめている才能」だと言います。
思いを巡らせながら、表現のアイデアをぐんぐんと巡らせていく。まさに“はみだし”のウォームアップのようです。

「まだどんな作品になるかわからないんですが、やってみますね!」

画材選びを終えた安部田さんがピックアップしたのはこちらの6種類!ここから総制作時間24時間で、作品制作に取り組んでもらいます。

安部田さんの選んだ画材はこちら

ぺんてるパステル(デッサン・クロッキー・コンテ画用)

ノックル ボードにフィット

プラマンJM20

修正液 細先端〈極細〉

アートブラッシュ

ヴィスタージュ みず筆

02#02:制作・作品探求

テーマは「一人で描かない」。会話から連想して描く、そこから生まれる何か

それから数週間後―。
「作品が完成しました!」ということで、安部田さんに作品を見せていただきました。

「では早速…」と包みから取り出したのは、優しいイエローの下地に鮮やかでカラフルな色彩のさまざまな丸い形、それをつなぐ線たちが描かれた一枚の絵。まるでお祭りや花火を連想するようなイメージです。作品のテーマはずばり…?

「“一人で描かない”をテーマにしました。普段は、どちらかというと一人で作業することが多くて。今回は自分の展示会ともちょうどタイミングが重なったので、せっかくならば展示会場で制作をしようと思いました。会場に来てくださった方とお話ししながら描いていけたらいいなと!」
自分では予想がつかない最終形になるのではという期待を込めて制作に臨んだ安部田さん。

展示会場の一部スペースで公開制作中の安部田さん

作品の中でも象徴的なのが、丸い形。柔らかく、不均一な形で、大きさもさまざまに描かれています。
「展示会では、ワークショップを経て自分が感じたことを丸い紙に書いてもらっていました。参加してくれた方々の言葉をそれぞれつないで、壁に展示して。それらが展示された空間で今回制作したので、象徴的な丸い形をモチーフに、言葉から感じたもの、心が動いたものを表現したいなと 」

展覧会「色のてざわり 色のこえ展」会場の様子。

丸い紙には色や画材に刺激を受けた言葉がたくさん並んでいる

「色は混ざってもきれい、混ざらなくてもきれい」など、ワークショップ参加者が書いていった「言葉」がインスピレーションの源となり、カラフルなイメージがどんどん湧いてきたんだそう。

柔らかな丸い形ともう一つ印象的なのが、それらをつなぐ線たち。よく見てみると、そのどれもが個性的で、少しずつタッチや画材にも違いが!
この線は来場したお客さんとの会話から生まれたというのですが、一体どんなふうに描かれたのでしょうか。

「例えば製作風景を見ている子どもに、『今、この丸と丸をつなぎたいんだけど、どうすればいいと思う?』と質問を投げかけてみると、『これはちょっと優しい感じで、ピンクの線がつながったらいいと思う!』という回答が返ってくるんです。“優しい感じ”をどうやって表現しようかなと私が考えて実際に試してみるんです」

そうして生まれたのがこの素敵な線。

まずは、「みず筆」で軌道を作ってから、「アートブラッシュ」で色を差していく。「優しい」という言葉から連想されるイメージを、水の持つ淡さとやわらかさ、曖昧な輪郭が見事に表現されています。

リクエストに応えながら描いていくのは少々難易度が高そう…と思っていると、さらに難易度の高いリクエストがあったようです。

「『柔らかくてふわふわしていて、うっとりする感じの太い線』というリクエストをしてくれた女の子がいて。すごい表現者だなと(笑)」

うっとりかぁ…と考えた末に安部田さんが出した答えは、「みず筆」を使って少し多めに水を含ませた線を描き、そこに「アートブラッシュ」でいろんな色を差していく。そして大胆にも他の線をまたいでみる、だったそう。完成した線は、緑に黄、赤といろんな色が混ざり合い、なんとも言えないニュアンスです。

それぞれ個性ある線たちが交差して、混ざり合い、作品のアクセントになっている

そのほかにも、「光みたいに速く」「グルーッと線をたどって」「迷路みたいに」などなど大人から子どもまでリクエストはさまざま。

「とても面白いなと思ったのは、線をまたいだことですね。いつもの私だったら絶対に横断しようと思わないんですよ。せっかく描いた主張のある線がもったいない!って。でも、人と対話していくと、普段の自分にはない表現が出てくるので、とても面白い発見でした」

制作中に次々と集まってくる子どもたち。会話をしながら、一緒に想像を膨らませる時間に発見も多かったといいます

ちなみに、来場者の方にどうやって声をかけて作品づくりに参加してもらったのか?
素朴な疑問を投げかけてみると、展示会場の床面に広げた制作現場にアングルを合わせたカメラを設置して、「よかったらシャッターを押してください」と声をかけていったのだそう。

制作現場にこんなポスターを設置。カメラのシャッターを押すという手触りも体験してもらいたかったといいます

ユニークな場作りも、普段からアートを通したコミュニケーションをしている安部田さんならでは。ちなみに、ワークショップを企画する際に安部田さんは普段からこんなことを大切にしているんだとか。

① ハードルを低くすること
② アートを通じてコミュニケーションを取れる内容にすること
③ ワクワクしてもらうこと

まずは参加するハードルの低いアクションから入り、それを通じてお互いにコミュニケーションを取る、そして一緒に描くことでワクワクしてもらう。どれも今回の制作過程や作品とつながっているように思えます。

“一人で描かない”というルールそのものにも、「新しい挑戦=はみだす」という方程式がありそう。自由にいろいろな人と会話をして、その人の感性を受けとめながら手を動かしていくと、何か新しいものが自分の中に湧いてくるのかもしれません。

“○○じゃなきゃ”を飛び越えてみる。人と一緒に制作するというのは、そんなふうに、自分の当たり前の輪の外へ連れ出してくれることでもあるようです。

03#03:画材探求

画材の使い方を変えてみる、組み合わせてみる

お題であった「はみだす」をいろんな要素から取り入れて、一つの作品に仕上げてくれている安部田さん。使用した製品についても新たな発見があったそうです。

「“修正液 細先端〈極細〉”は使ってみてとても興味深かったです。作品の中にも頻繁に使ってみているんですよ、例えばこのフチとか」

「修正具って、すでに書いてあるものを消してゼロに戻す、いわゆる “マイナス”の使われ方が一般的だと思うんですけど、そうじゃなくて描くための“プラス”の道具として使う。そうすると、作品の中でも、立体感のある盛り上がりや存在感が出てまた違う表情になるんです。まだまだ知らない使い方や可能性が修正具にはあるんだなと」

いつもと違う使い方をしてみる、それも立派な「はみだし」。ちょっと視点を変えてみるだけで、表情が変わるのも画材や表現の魅力なのかもしれません。

そのほかにもぺんてるパステルを使って全面に色を塗ったり、塗り広げたものを指で擦り淡い印象を出してみたり。はたまたプラマンで細かな模様(三つ編み)を描いて、ちょっと緊張感を持たせてみたり……。画材の組み合わせにも挑戦してくれました。

これまで使ったことのある画材も、単体だけでなくいくつかの掛け合わせて使うことでまた違った表情や風合いを出してくれる。気分に合わせて変えられたのがとても印象的だったと、笑顔で語ってくれました。

04#04:振り返り

はみだした先に待っている「正解」とは?

もともと工芸科出身の安部田さん。作品制作はついつい「まとめようとしがち」だと自身を分析します。作品制作では完成度を高めることに思考がいくため、はみだすということ自体が大きな挑戦。安部田さんにとっても気づきが多い時間だったようです。

「はみだすって、やっぱり“枠”があるからはみでるんですよね。たぶん自分の中にもそういうリミッターじゃないですけど、枠があったんだと思います」

さらに、今回の四角いキャンバスを自分の経験に重ねて。

「私自身、今の仕事を始めたころは、周りに同じようなことをしている人がいなかったので、これが正解なのかな?と思っていたんです。でも続けていくうちに、いろいろな方からお声掛けいただけるようになりました。自分がやっていることを誰かに認知してもらえると、またそこに共感してくれる人も集まってくる。そうやってどんどん広がっていった実感があります。最初は正解かわからずにはみだして、進んでみる。そのうちそれが正解になっていくのかもしれませんね」

アートに限らず、私たちの思考も枠や正解にとらわれすぎてしまっているのかもしれないと、ハッとさせられました。

最後に、作品のタイトルをつけるとしたら?と問いかけると、「みんなで作品を見ながら決めていきましょう」と言って、急遽その場でお話を聞いたメンバーで、ネーミングワークショップを開催!安部田さんの作品を見てそれぞれが思ったことを言葉にしていくと、「わ」「まぜこぜ」「うふふ」「感触」などいろんな言葉が溢れ出てきました。

こうやって作品を通して会話を重ねていくと、そこにまた新たなコミュニケーションが生まれる。今回の「はみだし」は人と人の境界線も越えさせてくれる、そんな気づきを得ることができました。さて、次回はどんなはみだしが見られるのでしょうか?お楽しみに!

安部田さんの24h

総制作時間は20時間。どんな作品にしようかと考える時間や一人で手を動かす時間以外は、ほとんど人との会話から想像を膨らませていた様子。「一人で描かない」というテーマがここにも表れています。