表現フィールドリサーチ

ハワイの倉庫街をアートが変えた。“表現”を起点にした街づくりとは。

ハワイの倉庫街をアートが変えた。“表現”を起点にした街づくりとは。

美しいビーチや豊かな自然、そして人々で賑う観光地、ショッピング街など。みなさんはハワイについてどんなイメージをお持ちでしょうか? ハワイ・ホノルル市にあるカカアコ地区。ウォールアートの街としても知られるこの地域は実は10年ほど前までは倉庫街でした。ここ数十年の間で、アートが増え、お店が増え、人の流れが変わり、目覚ましく変化をしてきました。そのきっかけともいえるのが、アートイベント「POW! WOW! HAWAII」(パウ!ワウ!ハワイ)です。どのようにしてイベントが始まり、そして街が変化していったのか、イベントのファウンダー(設立者)、ジャスパー・ウォンさんにお話を伺いました。

Text:Eriko Shiina
Photo:Etsuro Sakaue / POW! WOW! HAWAII 提供

01イベントの原点は「アートを通じて街に貢献すること」

「POW! WOW! HAWAII」は2011年にハワイ・ホノルル市にあるカカアコで始まりました。もともと倉庫街だったこの街で、倉庫の壁を利用して、世界各地から集まったアーティストがウォールアートを描いていくアートイベントです。     

初めはわずか12人のアーティストで始まった取り組みでしたが、「POW! WOW!」を冠したイベントは、現在はハワイだけに留まらず、世界20都市、1200人のアーティストが参加する大きなものとなっています。日本でも、2015年の天王洲アイルを皮切りに、ほぼ毎年イベントが開催されています。     

ハワイ オアフ島出身の ジャスパー・ウォン(Jasper Wong)さんは、「POW! WOW! HAWAII」を約10年前に立ち上げ、その規模を拡大し続けているオーガナイザー(※)です。自身もアーティストとして活動し、壁画だけでなく、企業向けにアートやデザインを提供するなど多方面で活躍しています。

※主催者

ジャスパー・ウォンさん

そもそもなぜ、彼が「POW! WOW! HAWAII」を立ち上げたのか、その原点は地域への貢献というキーワードがあるようです。

「かつてのカカアコは、“忘れ去られたような街”でした。自動車修理工場や倉庫が立ち並び、一般の人はほぼ訪れない場所だったのです。人が集まる街には何か目的がありますよね。殺風景なビルや倉庫街を歩いていても、そこに集まる人はいない。そこで倉庫の巨大な壁面を、絵を描くキャンバスに見立てたらどうだろう、と考えました。そこにちょっとしたアートがあれば、アートを見にくる人が増えて、その周辺で小さなビジネスを営む人たちは助かる。アートで街が活性化していくのではと考えたんです」

アートがあることで、街が美しくなり、良いコミュニティづくりにも貢献できる。アーティストならではの発想法で辿り着いた、新たなチャレンジでした。

世界中から多くの観光客が訪れるハワイという島で、大きな外壁にアートを描く。アーティストにとってはまたとないチャンス。そして、そこで暮らす地域の人々にとっては集客のきっかけにもなります。

アートを核にした街づくりプロジェクトがスタートしました。

2011年当時のカカアコの街並み。街の中心的存在である商業施設「ソルト・アット・アワ・カカアコ」が開業する前後、2015年ごろまでは閑散としていた

02「コミュニティの理解なくしてうまくはいかない」地域との地道な連携

アーティスト仲間と倉庫街で始めたプロジェクトは、困難の連続だったようです。当時のことをジャスパーさんはこう振り返ります。

「当初はイベントについて話をしても、明るい未来を思い描いてくれる人は少なかったです。アートではなく、ただの落書きではないかという反応もありましたし、コミュニティを悪くするのではと考える人もいました」

アートを中心に街を活性化する。そのためにも住民や店のオーナーたちの協力は不可欠。風当たりが強い中、地道に一軒ずつドアを叩き、壁を貸してくれそうなオーナーを訪ねて歩いたといいます。

「公共の場所を使うわけですから、コミュニティの理解なくしては成立しません。活動の中で大切なのは、このカカアコの街で生活したり、働いているみなさんの存在なのですから」

開催当初はアートを描くための壁も十分になかったため、大きな倉庫の中に壁を作り、作品を制作することも

イベントを始めて、4〜5年たった頃から、徐々に街の人の反応にも変化が訪れます。「絵のおかげで店にお客さんが増えてきた!」「街並みが以前よりもきれいになった!」など嬉しいフィードバックが増えてきました。

現在、アートの数は100を超えるカカアコ。10年にもおよぶ活動の成果がはっきりと見てとれます。また、ここ数年で、街の様子だけでなく、そこに集まるお店も変化してきました。最近では、店内の壁にアートを施したおしゃれなレストランやショップも増え、ローカルの人々や観光客も多く集まっています。

ジャスパーさんが感じる街の変化は、カカアコの街でお店を構える人たちにも共通の認識のようです。POW!WOW! HAWAII以前からカカアコの街のシンボルとして存在する大型文具店「フィッシャー・ハワイ」の店長、デニーシャ・ロー(Denisia Loh)さんはこう語ります。

「イベントが始まって、街に活気が出たと感じます!モダンな雰囲気になりましたし、今は若い人が増えましたね。以前は倉庫に来る、商業目的のビジネスマンばかりでしたが、今は一般の人が増えて、食事や買い物のために訪れる人が増えたと思います」

デニーシャさん

フィッシャー・ハワイもまた、POW! WOW! HAWAIIを支援している店の一つ。店外の大きな壁には、「アロハモンスター」と呼ばれる巨大な作品が描かれています。SNSで人気に火がついたこのアートは、コロナ前までは、写真を撮りたいという人の行列ができていました。当時の人気はかなり高く、この壁画がラッピングされた観光用の送迎バスも走るほどでした。

アロハモンスター

10年にも及ぶ地道な活動が、今カカアコで確実に実を結んでいます。

03年齢も性別も作風も自由!「人柄を重視」のアーティスト選び

イベントを彩るアーティストについて、またその表現についてもジャスパーさんならではの想いがあるよう。どんな風に選んでいるのかを尋ねると、

「アーティストの選抜基準は、半分をローカルアーティストにすること。性別も年齢も問いませんし、作風を限定して選ぶこともないです。それよりも、“人間的にナイスかどうか”を大切にしています。壁画を描いている間は、街の人が来たりしてアーティストと話すんです。そういう時に接したアーティストは、街の人にとってはイベントを代表する人になりますよね。コミュニティの人たちと関わってもらうことになるので人間性を重視していることは、ちょっとしたこだわりと言えるかもしれません」

“地域貢献”を軸に据えたイベントならではの選定基準。共通した想いや認識のもと選ばれたアーティストたちによる作品はどれも個性が光るものですが、立ち並ぶ様子は不思議と一体感を感じられます。

カラフルに彩られた鮮やかなものや、白と黒のモノトーンなもの、細かく描かれた繊細な技法のもの、大胆なタッチのものまで、その作風は多種多様です。

制作過程は、一般の人でも見られるように公開され、イベントとしての見どころにもなっています。アーティストたちの発想が溢れ出す創作の現場や描く過程を“見せる”ことでアートにより親しみやすくなります。表現する楽しさに触れるヒントがまたここにも詰まっています。

04アートを通じて子どもたちが変わった、地域貢献のその先へ

イベントが地域からも徐々に認められ、新たな活動として教育に携わることも増えたというジャスパーさん。

「現在、私立校のゲスト講師としてアートを教えています。また特に、貧困エリアであるパラマという場所のコミュニティセンターで教えることに力を入れています。実はハワイの公立学校ではアートや音楽の授業はほとんどないんですよ」     

地域貢献から始まった活動は、アート教育にも広がりを見せています。それは、アーティストとして、アートを通じて変わる街、変わる人の力を信じているからといえるのではないでしょうか。ジャスパーさんが教育活動に携わる想いは熱く、まっすぐです。

「家に閉じこもりがちだった子が、コミュニティセンターで絵を描くことを通じて、友達ができたり、学校に通うようになったり。子どもたちがアートを通して人として成長していく姿を見られることがとても嬉しいです。“全ての人は、生まれながらにしてアーティスト”だと信じています。子どもたちのアーティスト性を消さないようにしたい、その可能性を大きくしてあげたい。そう思っています」

写真はぺんてるの「P205」という海外製品。実は過去に日本への留学経験もあり、ぺんてる製品も昔から愛用しているのだそう

今や世界各国で開催されるまで成長を遂げたPOW! WOW! HAWAII。参加アーティストたちの選抜や誘致、街との連携、イベント運営など様々なことに追われる日々。「イベント運営は大変だ」と笑いながら語るジャスパーさんですが、なぜ10年も活動を続けられたのでしょうか。

「わたし自身、純粋にアートが好きです。活動当初から、 ハワイでもアートがビジネスになる未来をずっと思い描いてきました。島のなかではアートで食べていけず、アメリカ本土に行ってしまうアーティストも多くいました。彼らの苦しい状況をどうにか変えたい。そのためにアーティストが活躍できる場所を作り、かつ地元地域に貢献したいという気持ちでやってきました。だからこそ、モチベーションになっているのはコミュニティに影響を与えられていることです。それを実感できている今、とても嬉しいです」

ジャスパーさんの話を聞いてみると、普段見ていたアートや、賑わうカカアコの街が、今は少し違って見えるような気がします。アートの力、そして表現することの大切さを、カカアコの街から教えてもらいました。