表現フィールドリサーチ
水辺の街がまるごとアートに!オフィス街から進化を遂げる天王洲アイル
みなさんは「天王洲アイル」という街に、どんなイメージを持っていますか? 高層ビル?オフィス街?運河?いや、そもそも東京に土地勘がなければ「どこだろう?」と言われてしまうエリアかもしれません。そんな街が近年“アートの島”として注目を集めています。テニスコート約5面分にあたる1100平米ほどの巨大な壁画をはじめとしたアート作品が街のあちこちに設置され、この地域の活性化に一役買っているというのです。今回は天王洲アイルを舞台に開催される「TENNOZ ART FESTIVAL」を主催する一般社団法人 天王洲・キャナルサイド活性化協会の事務局長・和田本聡さんにお話を聞きました。
01お江戸の要塞がオフィス街、そしてアートの街に!?
東京都品川区の臨海部に位置する、天王洲アイル。運河に面した街で、その全てが埋立地であり、人工的に造成された島なのです。“再開発地区”と聞くと、近年になってから人の手によって生み出された土地のように感じますが、実はその歴史は古く江戸時代末期にまで遡るんだそうです。かつて江戸を防衛するために築造された要塞「第四台場」をベースに埋め立てが進められ、1980年代からは地権者22社による「天王洲総合開発協議会」の発足とともに民間最大規模の都市開発がスタート。その後は、オフィスや商業複合ビル、飲食店などが増えてきました(※)。
2010年代以降は、新たなコンセプトのもと、音楽や絵画、写真、建築など芸術や文化の発信地として再注目。最近では、アートギャラリーや運河を望むおしゃれな飲食店、そして何より街のいたるところに点在するアート作品が天王洲の街を彩っています。
江戸の要塞地区であった天王洲に、なぜアートが?その疑問を探ってみると、「一般社団法人 天王洲・キャナルサイド活性化協会(以下:キャナルサイド)」が2019年に開催した「TENNOZ ART FESTIVAL」に辿り着きました。
(※)参考…天王洲アイル地域情報サイト@TENNOZ 「天王洲の歴史」
02街の特性×アートの発想から、プロジェクトがスタート。
天王洲アイルを元気にしようという目的から発足したキャナルサイド。なぜ、アートに着目したのか事務局長である和田本さんに伺ってみると、
「2015年に天王洲アイルで行われたハワイ発祥のアートイベント「POW! WOW! JAPAN」がきっかけですね。街中に巨大な壁画が登場して、ものすごくインパクトがありました。街の人やアートを見に訪れる人の感想、何よりも自分自身が刺激を受け、アートは街のアイデンティティになるだろうなと感じたんです」
和田本さんは、それまで、天王洲アイルで働くアートとは無縁のビジネスパーソン。しかしながら、「POW! WOW! JAPAN」を通じて立体駐車場や倉庫の壁一面に描かれた現代アートに可能性を感じたと語ります。事務局側で議論し、“アート”を軸に街を巻き込んだフェスティバルの立ち上げが進んでいきました。
しかし、アートと一口に言っても音楽や映像など表現方法もさまざま。そんな中でなぜ「壁画」だったのでしょうか。そこには天王洲という街の特徴が関係していたようで…。
「音楽などのイベントって開催期間は人が集まりますけど、終わるといなくなってしまいますよね。ただ壁画の場合は、いつでもそこにある。天王洲は幸いなことにオフィスビルが多く、平日は主に周辺企業の方々が訪れる場所ですが、土日になれば誰でも、いつでも見に来てもらえます。だから、壁画にかなりこだわっていたんです」
確かに街を歩いてみると、見渡す限り高いビルや巨大な倉庫に囲まれた天王洲アイル。「POW! WOW! JAPAN」から得た視点で街を見渡してみると、描くのに最適な“キャンバス”が身近にあったことに気付かされたのだそう。
©TENNOZ ART FESTIVAL 2019 Art Work by DIEGO
©TENNOZ ART FESTIVAL 2021 Art Work by KINJO
03街の人と訪れる人の意識を変えた、一枚の“壁画”。
先の「POW! WOW! JAPAN」で和田本さんが最も圧倒されたというのが、「東横INN 品川港南口天王洲アイル」の壁一面に描かれたアート。通りがかった人が思わず足を止めてしまうほど、瞬く間に人気アートになったのだとか。ただ、当時はイベント用の壁画として描かれていたため、条例によりイベント終了後には消されてしまう運命。インパクトのあるアートを残した方が街の活性化にもつながるのでは……。そんな事務局側の想いに加え、街の人の「消すなんてもったいない!」といった声も後押しして、この壁画を“残す”という方向で、行政との交渉を進めました。
2015年開催の「POW! WOW! JAPAN」当時の様子。突如現れた壁画に街の人など多くの反響を呼んだそう
「描ける範囲は『東京都屋外広告物条例』によって、壁面の30%かつ100平米未満と決まっています。アートって広告なの?と思われる方もいるかもしれませんが、条例では広告と同様の扱いを受けるものとして捉えられています。これを突破するのがなかなか大変でしたが、街の人の声も後押しして、1年間は残すことができました」
©TENNOZ ART FESTIVAL 2019 Art Work by ARYZ
描きたい場所に描きたいように描けない、景観に大きく関わる壁画の制作はやはり一筋縄ではいかなかったよう。しかし、その壁画との出会いがあったからこそ、天王洲アイルを舞台としたアートフェスティバルの開催は街の人や行政の方々の共通認識を作ってくれました。2017年にはTENNOZ ART FESTIVALの前身となる「水辺の芸術祭」を開催し、現在の天王洲アイルの街並みを創り出す足がかりとなっていくのです。
※ハワイ・ホノルル市にあるカカアコ地区で毎年開催されている、倉庫や建物の大きな壁に一斉に描くコンテンポラリーアートの一大イベント。
04キャンバスの確保に奔走!地道な調整が功を奏して…。
「開催するには、他にも難しいことがたくさんあって……」と苦笑いする和田本さんを見ると、街全体を現代美術館として捉えることのできるTENNOZ ART FESTIVALが、いかに苦労のうえに成り立っているかは一目瞭然。今でこそ認知度も高まり、壁画のキャンバスとなるビルオーナーたちからも支持が得やすい状況ですが、当初は「ストリートアート=落書き」と捉えられるなど、一筋縄ではいかなかったようです。
「何かとんでもないことをやろうとしているね……と、最初はなかなか難しい反応でした。だからこそ一緒にやっていただけるような雰囲気をつくり『ここに描いたら絶対に素晴らしい街になるから、まずは一回やってみましょう!』と、周囲を根気強く巻き込んでいきました。初回の作品は、パフォーマンスアーティストのさとうたけしさんの壁画1枚のみだったのですが、この作品で周囲の反応はガラリと変わりました。今では、みなさん前向きに話を聞いてくれます」
さとうたけし氏による壁画(写真は過去開催当時)
行政との交渉にビルオーナー、アーティストとのやり取りと、開催に漕ぎ着けるまでには山のような調整ごとがあったという和田本さん。挫けてしまいそうなときもあったそうですが「描きたいというアーティストさんの思いや、あの壁に描いてもいいよと言ってくれるオーナーさんのご好意もありますから。そういったみなさんの想いをどうしても無駄にはできないですね」と、笑顔で語ります。
05街や人を豊かにする、敷居の低いアートという「表現」。
開催からわずか4回、今では国内外のアーティストから「描かせてほしい!」といった問い合わせが来るほどに。街にアートがあることで、行き交う人々にも変化がみられるようになったといいます。
「子どもと手を繋いだお母さんがアートを見ているなど、いわゆるスーツを着たビジネスパーソン以外の方々がここ数年、天王洲アイルに増えましたね。あとはキャナルサイドが地元のお祭りに参加したり、子ども向けのワークショップを行うなど、地域の方々と交流が持てるようにもなりました。いろんな人が参加するというのがアートの醍醐味であり、地域を豊かにするもの。我々の大事な使命でもあると思っています」
©TENNOZ ART FESTIVAL 2019 Art Work by 淺井裕介
©TENNOZ ART FESTIVAL 2021 Art Work by 加藤智大
何度か取材で足を運んでいる中で、アートの前で写真を撮る女性たちに遭遇することも。そんなふうに「働く場所」ではなく、「気軽にアートを楽しみに行ける場所」として天王洲アイルに訪れる人たちの目的も変わりつつあるのかもしれません。
最後に、現在開催中のフェスティバルについて伺うと、和田本さんがより一層熱意を込めて語ってくれました。
「2022年度は『笑顔があふれる街』を制作テーマに、初めてアーティストの公募を実施しました。作品を巡る道中にある植栽プランターやダストボックスなどにも小さなアートを描き、よりアートの街という印象を持ってもらえたらと。その他、社会福祉施設とのコラボレーションやアートマルシェの開催など見どころは満載です。
また、昨年から電動車椅子や電動キックボードで街を巡るアートツアーも開催しています。私もガイドを務めさせていただき、来場した方に直接作品の魅力を説明しています。完成した作品を解説することも我々の仕事。作品に込められた想いをアーティストと共有しているので、我々としては全ての作品を残し続けたいと思っています」
アートとの接点を持つようになってから自身の表現が豊かになったと話す和田本さん。アートという「表現」を通して、街や人はもっともっと豊かに変化できるのだと今回の取材で教えてもらいました。“アート鑑賞”などという堅苦しい言葉は抜きにして、皆さんもふらりと“まるごとアートの街”天王洲アイルを散策してみてください。きっと新しい発見や刺激に触れられるはずです。
06TENNOZ ART FESTIVAL2022
「アートの島=天王洲アイル」を舞台に開催される、国内最大級のMURAL PROJECT。水辺とアートをキーワードに賑わいと魅力あるまちづくりを推進する天王洲アイルで、運河沿い建築物への大型壁面アート、品川区の公共桟橋待合所や公園施設への壁面アート、桟橋空間における立体アートの展示、駅通路での壁面アートなどシンボリックな展示を今年も開催しています。
今年はぺんてるも同イベントに協賛!アーティストの方々への画材提供などで表現活動を支援しています。ぜひ一度足を運んでみてください。
■開催期日:2022年10月10日〜2022年12月31日 ※作品は期間後も展示。アート展示内容により期間は異なる。
■場所:天王洲アイル 各所
■主催:天王洲アートフェスティバル2022実行委員会/一般社団法人 天王洲・キャナルサイド活性化協会