表現する人々

「お化け屋敷」という表現世界に魅せられて。お化け屋敷プロデューサー・五味弘文さん

「お化け屋敷」という表現世界に魅せられて。お化け屋敷プロデューサー・五味弘文さん

01歴史を塗り変える、お化け屋敷界の革命児

「お化け屋敷ではお客さんはキャーッと叫んだ後に、笑顔になるんです。面白いでしょう? 最高に怖くて、最高に楽しい、それがお化け屋敷という類をみないエンターテインメントなんです」
“お化け屋敷は子どものもの”とされていた90年代初頭、プロのダンサーがお化けに扮するという奇想天外な試みが話題となり、お化け屋敷に大人が長蛇の列をつくる前代未聞のブームを生み出したのが、お化け屋敷プロデューサーの五味弘文さん。

デーモン小暮さんをはじめ著名人とのコラボでヒットを連発した後、「パノラマ怪奇館’96〜赤ん坊地獄」というオリジナル作品を発表。お客さんが抱いた赤ん坊の人形を、次々現れるお化けから守るという“ミッション”を課す手法を考案し、お客さんが物語の登場人物になる新しいスタイルを確立しました。その後も手錠に繋がれて歩く、お化けの髪の毛を櫛(くし)でとかす、呪いの人形に目を入れる……想像するだけでもブルッとくる “ミッション”を繰り出し、さらに近年ではチームラボとのコラボやオンラインお化け屋敷などにも挑戦。およそ30年で発表した作品は100件以上、お化け屋敷を訪れた観客は推定1000万人以上! 人々を驚かせてきた五味さんが手がけたお化け屋敷は、日本のお化け屋敷史をアップデートしてきたといえます。

「なぜ人はお金を払ってまで “恐怖”を体験したいのか? 本来は避けたい感情のはずなのですが、一方でビルの高層階から下を覗きたくなるように、人間には“安全が確保された恐怖”は経験したい好奇心があるんです。お化け屋敷は、くるぞくるぞ…と緊張が高まりきったところで、わーっと驚かされるでしょう? それはすごく怖いことですが、同時に緊張感から一気に解放されることでもあります。そんな緊張と解放の体験を繰り返すことで、怖いけれどワクワクするという状態が生まれ、外へ出る最終的な解放の瞬間には“あぁ、面白かった!”となるんです。最高に怖いのに、最高に楽しい。この不思議な気持ちが、人をお化け屋敷へと誘うんですよ」

02“恐怖の設計士”はお化け屋敷をどう作るのか?

お化け屋敷プロデューサーの使命は、「最高に怖い、最高に楽しい」を作ること。そのためにすべてに責任をもつのが仕事です。

「初めに取りかかるのは、お化け屋敷の中でのミッションに使用するモチーフを考えることです。たとえばコップよりは、櫛(くし)やメガネといった自分の身体に近いものほど怖いんですよ、愛着や想いが怨念の象徴にもなるから。このモチーフが決まれば、それをどう使うかストーリーが見えて、そこから舞台や登場人物、演出方法に思考を広げていきます」

コンセプト・ストーリーが決まると“恐怖の設計図”にとりかかります。
「建物の構造、お客さんの歩み方、場面ごとの怖がらせ方、キャストの配置や装飾、お客さんの五感の誘導、進んでいくうちに変化していく心理状態……あらゆる要素を考えて、図面の形にしていきます。そのときは自分の頭の中にお化け屋敷を描いて歩いているんです。この通路は10cm短い方が怖いぞとか、思いも寄らないところからお化けが飛び出たら怖いぞとか。何度も何度も図面を描き直して、もっと怖くなる、もっと面白くなる、と一人でやるのが最高に楽しいんですよ。ずっとこの作業を続けたいと思うぐらいです(笑)」

自分の中でプランが固まったら、美術・衣装・施工担当者など携わる各専門家にコンセプトやプランを伝え、お化け屋敷を設営。お客さんを驚かせるキャスト、運営するスタッフに演出法・誘導法をレクチャーし、会場がオープンしてからはお客さんの反応を見て調整を加えることもしばしば。半年以上に及ぶお化け屋敷づくりで、最初から最後まで手と目を動かし続ける五味さん。さぞかし大変かと思えば、「すべてに携われることがこの仕事の肝なんですよ」ときっぱり。

「以前のお化け屋敷は、分業制でお化け屋敷の制作者と運営者には距離があったんです。作り手が何か仕掛けようと思っても、運営側の経験則でその方法は難しいとなることも。決して悪いことではないんですが、互いの経験値や専門性が活かし合えない側面がありました。ただ面白い表現、新しい表現にはブレイクスルーが絶対に必要。制作も運営も理解した人間が企画の意図を伝えながら各自の重要性を伝えて、誇りをもってもらうことで、クオリティがどんどん上がっていく。つまり最高に怖い、最高に楽しい!につながっていくんです」

子どもと大人、制作者と運営者、スタッフとお客さん、お化け屋敷はこんなものだという概念。知らずに生まれている壁をしなやかに取り払うことで、五味さんの中で生まれた「面白い」が熱量を落とすことなく伝播していき、さらに関わる人の表現が加わるごとに面白さが加速。
その結果、お客さんも含めてその場にいる人みんなが熱い空気を感じる、劇場にいるようなライブ感たっぷりの五味流恐怖エンターテインメントができあがるのです。

03新しい表現を次々生み出す、その発想術とは?

大人が驚く姿が見たくて家でお化け屋敷を作ったり、小学校で『おばけやしき』というオリジナル劇脚本を書いたこともあった少年時代。かといってその後、人並み以上にお化け屋敷に興味をもった体験もなく、イベント企画会社のスタッフとして後楽園ゆうえんち(現:東京ドームシティ アトラクションズ)を盛り上げる仕事に参加し、お化け屋敷の企画を手がけたのが最初でした。プロでもマニアでもないお化け屋敷の門外漢、あくまで目的は遊園地を盛り上げ、人々を楽しませること。そのスタンスが前例にとらわれない、しなやかな発想で「面白い」を追求できる今につながります。

「あるとき、麿 赤兒(まろ あかじ)さん率いる舞踏集団・大駱駝艦の公演を観ていて、彼らに驚かされるとものすごく怖いと感じたんです。怖いものに対面した時、人は無意識的に遠ざかろうという心理が働きますよね。でも、お化け屋敷を最大限に楽しんでもらうために、怖いものから離れようとする人をなんとかお化けや仕掛けに近づけたいと思って。そうだ、近づかなければいけない理由、つまりお化け屋敷の中でのミッションを作ればいいんだ!と」

小説、舞台、映画、心理学等の学術書……目にするすべてのものが五味さんのアンテナを刺激しています。
「もちろんホラーや恐怖モノを観ることもありますが、ホラーの世界だけに閉じちゃうのは個人的にも面白くないから、それ以外のインプットがずっと多いですね。仕事のためというより自分の興味が惹かれるままにいろいろなものに触れるなかで、思わぬ面白いアイデアが生まれてきます」
2020年からのコロナ禍ではお化けのキャストがつけているマスクをお客さんに見せるわけにはいかないと仮面の着用を考案。マイナスさえも発想の源にしてしまう五味さんです。

04アイデアのそばにいつもいる、タフな相棒。

目にするすべてのものを、お化け屋敷のヒントにして、思いついたこと、気になることはなんでもメモする五味さん。この時手にいつも握られているのは、何を隠そう、ぺんてるのシャープペンシル「タフ」。五味流発想術の肝といえるシャープペンシルです。

「その名のとおりのタフさ、太めのフォルムも手に馴染みますし、しっかりした消しゴムがついているのもお気に入り。もともと添え物的についている消しゴムに不満があったので(笑)、これはいいなと。現場でも気負わずに使えるし、シャープペンはこれ一筋です」
日常的なメモ書きはもちろん、プランを考え図面に落としていくときも、一人でアイデアを練っているときは必ずこのシャープペンで手書きします。

「思考の際にパソコンを使ってもいいんでしょうが、きれいに整った形になりすぎるというのかなぁ、発想が終わってしまう気がするんです。汚く書いてもいいし、落書きみたいに絵を描いたっていい、寝転びながら書いたっていい。手書きならではの自由さが好きで、発想が広がっていく。だから、道具はできるだけタフなものがいいし、ポイっと置いたり、持っていることさえ意識しないで愛用できるものがいいんです」
思考も発想も止めない、が仕事上の道具選びの基準。その一方で、プライベートな場面で大切にしているものも。それはペンの身近さと万年筆の書き味を兼ね備えた、ぺんてるの「トラディオ・プラマン」です。

「手紙や契約書の署名など、丁寧に書きたいシーンでは必ずこの一本。もともと万年筆は好きだけど日常使いはやはり大変です。だけど、トラディオ・プラマンは手軽に使えるのに万年筆の書き味があって、すべりすぎない点もよい。これを使うと字が綺麗に書けるように感じて、手放せません」
そういえば、と続けます。「万年筆をお化け屋敷のモチーフにしたことがあったなぁ。新聞記者が出てくるストーリーで、死体の目に刺さっている万年筆を抜かないと進めない。文字って人格や性格がでる、まさにその人そのものでしょう。だから怖いんですよ、万年筆(笑)」。

05時代が変わっても、「最高に怖い、最高に楽しい」を求める気持ちは変わらない

お化け屋敷に携わりおよそ30年。次に作りたいお化け屋敷、そしてもし何の制約もなくお金も場所も自由にできるとしたらどんなお化け屋敷でしょうか?

「海外でお化け屋敷を作りたいですね。イベントではなく常設の形で、日本ならではの恐怖体験を現地の人に味わってもらえるとものすごく面白いと思うんです。条件がないとしたら? うーん、難しい。ごくまれに、お化け屋敷内にいるお客さん同士のきゃーという叫び声や、キャストの絶妙なタイミングなんかも相まって、お化け屋敷全体がまるでライブ会場になったような一体感が生まれて楽しさが加速する瞬間があるんです。それを作れたら最高だけれど、偶然生まれるからこそたまらないんだと、思いますね」
めまぐるしく進んでいく時代のなか、お化け屋敷はどうなっていくのでしょうか。
「お化け屋敷の歴史は数百年あるといわれ、いつの時代もみんな恐怖体験に惹かれてきました。時代が進んでもお化け屋敷という空間に身を置き、人や仕掛けに驚かされるという身体性をともなった“怖くて楽しい”体験を求める気持ちは、きっと変わらないんじゃないでしょうか。その一方で、VRやメタバースといった新しい世界を舞台にした恐怖エンターテインメントも進化していくはずで、お化け屋敷の楽しみ方がどんどん広がっていくんだと思います」

新しい技術を使った表現にも興味はありますか? とお聞きすると「もちろん!オンラインでのお化け屋敷に初めてチャレンジした時はすごく大変でしたが、同時に可能性を感じました。新しい表現に挑戦し続けたいです」と即答。
常に前を向き、常に可能性を探る。この姿勢こそが革命児にして、牽引者であり続ける原動力といえそうです。自分の中の“最高に怖い、最高に楽しい”の基準を年々高めながら、五味さんは前進し続けます。

五味 弘文(ごみ ひろふみ)

お化け屋敷プロデューサー。長野県生まれ。株式会社オフィスバーン代表取締役。1992年に手がけた、『麿赤児のパノラマ怪奇館』をきっかけに、30年近くにわたりお化け屋敷を制作。その数は、100本を越える。お化け屋敷に“キャスト”を復活させ、 “ストーリー”と“ミッション”という要素を持ち込むことにより、大人が楽しめるエンターテインメント性ある企画を生み出している。

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