表現する人々

独特の絵と言葉で描き出す“なんともいえない”おもしろさ。イラストレーター・ニシワキタダシさん

独特の絵と言葉で描き出す“なんともいえない”おもしろさ。イラストレーター・ニシワキタダシさん

01つい着目してしまうのは、脇役的なちょっとぬけたもの

一度見たら忘れられないインパクト大の低頭身キャラクター。
その絵に添えられた、じわじわおもしろい斜め上の言葉。「わはは」という笑いよりも、「ふふっ」と、頬と心が緩むようなほのぼのと不思議なおかしみ。
“なんともいえない”といわれる唯一無二の世界観で、雑誌、グッズ、著作、絵本、新聞の漫画連載と幅広いジャンルを舞台に、多くの人の心をつかんでいるのがイラストレーター・ニシワキタダシさんです。

「低頭身のキャラはひねりだして “生み出した”わけではありません。子どもの頃からこういうタッチが好きで、10代の頃に描いていたイラストも低頭身でした。たぶん、『ドラえもん』の作者、藤子・F・不二雄さんの世界観が好きだったから、低頭身が自然と刷りこまれているのかもしれません。他のタッチも描こうと思えば描けるんですが、なんか自分らしくなくて」

そんなことを、おっとりやわらかな関西弁でニシワキさんが話しだすと、イラストの世界が現実化したような緩やかな空気感が漂います。

たとえば、オランダをテーマにと依頼されたイラストでは、王道の風車やチューリップではなく、実はオランダ語が語源とされる「おてんば」や、オランダ発祥という説もある「ゴルフ」をモチーフにしたり。毎日小学生新聞の連載3コマ漫画では、なんと揚げたコロッケの宇宙人を主役に大抜擢したり。チョイスする言葉やモチーフから滲み出す独自の視点は、ニシワキさんならではです。

毎日小学生新聞での連載3コマ漫画『あげたてコロばやしくん』より

週めくりで1年間53週にわたって言葉と絵がしりとりで続いていく「しりとりのカレンダー」をはじめ、あいうえお作文を取り入れたイラスト、関西弁をユーモラスに解説した『かんさい絵ことば辞典』、語感の似たふたつのオノマトペを並べたニヤニヤ必至の『にたことば絵辞典』など。独特な絵と言葉で描き出されるニシワキワールドは、一度目にしたらクセになること請け合いです。

毎年大人気の『しりとりカレンダー』。くすりと笑えるイラストと言葉に、ついついめくりたくなる。

「主役より脇役に惹かれるというか、語感や存在に“ちょっとぬけた感じ”があるものが好みです。ちくわ、とか、なんともいえずよいと思いませんか(笑)?キャラクターにセリフを添えるときも、一発ギャグではなく、“なんともいえない感じ”が好きだし、その感じを出したい。パーンと強い言葉というより、ちょっとシュールで、だけど毒の方にいくのではなく“なんともいえない”としか言えないようなところを目指したいんです。それが僕の個性だと思いますし、まず何より、考えていても書いていても自分が楽しい。それが大事だと思うんですよね」

02独特のニシワキワールドはこうして作られる

いつも見ている世界、過ごす日常もニシワキさん的視点を通すと「クスッ」と楽しい一コマに。絵のタッチはもちろん、独特の言葉やモチーフを選ぶ着眼点の真似ができないことは重々承知のうえで、発想術を教えていただけませんか?とお願いをしてみると、

「考えてひねり出すより、思いつくという感じなので…」

と照れるニシワキさん、では思考の経緯をお願いします!

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トンカツがくちにとびこんできたら
ラッキー
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2022年寅年の年賀状にしたためた絵と一文。「トラ」という短い単語、親しみやすいお題をどう読み解いたのでしょうか?

「これはたぶん、“ラッキー”を先に思いついたんじゃないでしょうか。で、よくあるラッキーなもの、じゃないものが口にとびこんできたらおもしろいかもしれないと思って、『ト』がつく食べ物を考えていって、トンカツとなったんだと思います」

なんともコミカルで、不思議な世界観。あれこれ考えている時間や妄想をふくらませる過程の楽しさも垣間見えます。

せっかくなので、もう一つ。

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たつじんのしゅしょくは
フーセンガム
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こちらはある年の『しりとりのカレンダー』の一節。達人の主食がガム!?

「週めくりカレンダーのしりとりでは前週の言葉をうけて展開していくので、まず頭の『た』が決まっているところから達人、となって、『達人の主食』までは自然と出たんでしょうね。そこから主食といっても普通じゃないものがいいかな、食べものとまで言えるものじゃなくてもいいかということでガムに。栄養価はどうなってるんだろう、あんなに強いのに……みたいな(笑)。風船ガムとしたのは単純にガムとするよりゴロがおもしろくなりますし、イラスト的なおもしろみも出ますから」

まさに“なんともいえない”ニシワキワールド。コツは、“考えすぎないこと”なんだそう。

「ぱっと浮かぶこともあれば、なかなか浮かばないこともありますが、どちらの場合でも考えすぎず、ちょっと時間を置いてから、必ずあらためて読んだり描いたり、考えてみたりしますね。その“もう一回”のときに新しいものが思い浮かんだりするんですよ」

03「こと足りてる」から、なぜか使い続けている一本

ニシワキワールドを紡ぎだす道具はぐっとシンプル。コピー用紙にシャープペンを走らせる、それが定番の表現風景です。

「コピー用紙はイラストを並べて比べられますし、何より “気軽に、自由に描ける”から。値段の高いスケッチブックなんかを買っても、すこし緊張するのか(笑)、結局使えなかったりするんですよね。たくさん使ってもいいから発想も広がる気も」と気負いがありません。

所有する筆記具は、文具店や雑貨店で試してよければ、つい買ってしまうことも多いそうで、着色用のものも含めてメーカー各社織り交ぜ200本ほど。

「たいていは0.5mmのシャープペンでラフを描き、そこに1枚紙を重ねて、味が出しやすいすこし太めの線が描ける0.7mmシャープペンや6B鉛筆、もしくはそれら3本を交え、なぞって清書します。着色は、パソコン上で行うこともあれば、味を出したいときはペンで着色したり。マーカーをのせてもにじまない、ぺんてるさんの筆touchサインペンもよく使わせていただいていますよ」

絵も言葉も、ぐっとミニマルな作風だからこそ、線で雰囲気が変わってきます。

「シャープペンは、角度で細くしたり太くしたり強弱を出すことができますし、自分の意図とは反して思いがけずかすれたり、シャープペンならではの味わいが好みなんです。セリフを書くのもシャープペンですし、打ち合わせ時にはイラストより太めの0.9mmシャープペンを使います……なんだかシャープペンばっかりです(笑)」

お気に入りの一本をとお願いしたところ、取り出してくれたのは一本のシャープペン。ぺんてるのものですが、あれ、ぺんてる社員でも見たことがない人もいるかも!?実はこれ、今は0.5mmしか販売していない「グラフペンシル」の0.7mmモデル、「PG7」です。

「文具を探し回るタイプではないです」と言いながら、もしかすると隠れたシャープペンマニアでいらっしゃる……?

「いえいえ(笑)。2010、2011年ごろに、イベントでたまたま販売されていたんです。当時は0.5mmのシャープペンでイラストを描いていたので、ちょっと太いのがいいし、見た目もなんかかっこよくて買ってみたんですね。描いてみたら0.5mmのシャープペンと鉛筆の間という感じで、コントロールを効かせながら太めに線が出るというのがしっくりきて。それ以来もう10年以上使ってます」

0.5mmのシャープペンは何本か代替わりしているそうですが、清書によく使用する0.7mmはずっとこの一本。かといって、特に大事にしているわけではないとか。

「“こと足りてるから”使っているといいますか、たまたま出会ったから使っているといいますか、使用頻度が高いのにずっと不調にならないから使っているといいますか(笑)。でも、特に意識していないけど、使いやすいんだと思います、きっと。シャープペンって自分の好みより芯が長く、または短く出てしまったりするモノもあったりしません?あぁ、惜しい、みたいな(笑)。PG7はそういうことがないから、自然と使い続けられているのかも」

何気なく使えるものこそ、実は非常に貴重な存在なのかもしれません。
もしも愛用のシャープペンがなくなったら?と少しいじわるな質問をしてみると。

「……壊さないよう大事に使います(笑)」

と。でも、PG7がいざなくなったとしても、ほかに“こと足りてる一本”がたぶん出てくるんじゃないかと、文具に対する向き合い方もニシワキさんらしく、軽やかです。

04自分の世界と、誰かの世界が、ゆるやかに交わっていく

「僕にとって表現のよろこびはふたつあって、ひとつは何より自分が描いていて楽しいんです、それが一番。そしてもうひとつは、自分だけで閉じているのではなく、世の中に出て、僕が作ったものを誰かが喜んでくれるのが楽しいですね」

個展にはファンだという小学生が、集めた新聞連載の切り抜きを持って駆けつけてくれたことも。自分の世界にとことん没頭する単独著書、他者の世界観に自分らしさを添える挿絵イラスト、幼い子どもを読み手にした絵本や漫画、発想とお話がどんどん広がっていく楽しさがあった週5本の新聞連載。媒体をまたいで、いくつもの表現世界にはそれぞれによろこびがあり、自分発で描くことと同じくらい、コラボ等の“他者発”で描く仕事も大好きだと語ります。

「依頼の趣旨を理解しながら、そこにどういうおもしろさを加えるか考えるのが楽しいんですよ。お題をいただくようなものかもしれません」

ではお題を、というのはおこがましいですが、図々しいお願いをひとつ。ぺんてるくれよんのパッケージでおなじみのキャラクター「ぺぺ」と「ルル」を描いていただけませんか?

ぺんてる公式マスコットキャラクター「ぺぺ&ルル」

「はい、いいですよ」と元絵をみながら、さらさらと描いていきます。

できあがった絵は見事にザ・ニシワキさんなテイストのイラストに!では、甘えに甘えて大変恐縮ですが、もうひとつムチャぶりを。もし言葉を入れるとしたら、なんと入れますか?とリクエストしてみると。

ドキドキしながら頼んだお願いも「なんて書こうかな」とさらりと受け入れてくれるニシワキさん。すこし考えを巡らせ、ルルの側にこう書きました。

「きのうも これ かいたんだ」

そして、少し考えて、ぺぺの側に一言。

「おとついも かいてたよ」

そんな会話をしていたの?と、ぺぺとルルのシュールなやりとりが今にも聞こえてきそう。

“なんともいえない”ニシワキワールドが立ち上がり、その場にいた全員が思わず笑顔に。人目が多く、考える時間が少ない状況でも、気負わず自分の世界観を生み出す真骨頂に感動する一同を横目に、「思いついてほっとしました(笑)」と、最後までピースフルなニシワキさんでした。

ニシワキタダシ

イラストレーター。兵庫県出身、京都府在住。美術大学卒業後、求人雑誌専属のイラストレーターを経て独立。鉛筆・シャープペンを使ったミニマルな線とユニークな視点が織りなす “なんともいえない”独自の世界観が人気を集め、雑誌や広告、新聞、絵本、グッズなど活躍の場を広げ続けている。著書に『かんさい絵ことば辞典』(パイ インターナショナル)、『かきくけおかきちゃん』(大福書林)など。

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