関東

2016年2月-4月

東京都世田谷区立東大原小学校

小学校の統廃合により、2016年3月をもって88年の歴史に幕を閉じた東大原小学校。お世話になった校舎が取り壊される前に、感謝の気持ちを込めて「さようなら東大原小学校の会」が開催され、1,500名以上の在校生や卒業生、地域の方々が来場しました。このイベントでは、校庭や校舎を自由に散策でき、小学校の歴史についてのDVD上映会や、当時の教室を使用してクラス会が行われました。 また、西側の校舎を貸し切り、絵本作家やイラストレーターの先生のご指導の下、校舎へのお絵かきプロジェクトが実施されました。午前・午後で約100名ずつ、計200名ほどの児童とそのご家族の皆さんが校舎の壁をめいっぱい使って、思い思いに壁画を制作していました。

01校舎の思い出ギャラリー

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02東大原小学校同窓会長 野地勝彰さんコメント

東大原小学校は1927年第三荏原尋常小学校として設立、1932年守山小学校が分離設立、1941年には東大原の名前に変更されました。守山小学校はその意味で兄弟校です。東大原小学校は1927年を設立年としてきました。2016年に両校が統合され下北沢小学校となりましたが分かれた両校が再び一緒になったことになります。1963年に体育館完成、1973年と1975年に現2棟の校舎が完成しました。これら築後40年以上の建物が、今回の統合により建て直されることになり、2年後に新しい校舎に児童を迎えます。東大原の名前は幕を閉じますが88年の歴史は名前を変えてこれからも続きます。 「校舎の思い出プロジェクト」当日には「校舎内での同期会、クラス会」が行われ、15グループが参加しました。壊される校舎で学んだ20代~40代の卒業生が当時の先生を招いたりして懐かしい校舎に別れを惜しみました。当日来校してくれた卒業生は888名で、これほど大勢の方が母校を想う気持ちに感激しました。

03関係者インタビュー

NAGAI先生のインタビュー

NAGAI先生の下北沢との関わりを教えてください。

最初は、商店街が行ったシャッターギャラリー(落書き防止目的でシャッターにデザイナーや美術専攻の学生で絵を描き、商店街をアートギャラリーにするプロジェクト)でお世話になり、それからは毎年行っているペナントギャラリー(街路灯に子どもたちが描いた動物の絵を飾って街を動物園にするプロジェクト)をきっかけに下北沢の皆さんと仲良くなりました。 今回は、東大原小学校の建て替えのことを知り、「校舎の思い出プロジェクト」を通じて、お世話になっている下北沢に恩返ししたいと考えて参加させていただきました。

いつもはどのような場所に描かれることが多いですか?

絵本の制作であったり、Tシャツや下着、企業のキャラクターをデザインしています。 また、レストランや衣料品店、美容室の壁画を描くことがあるので、今回のような場所に絵を描くのは初めてではなかったです。

今回、児童や保護者の皆さんと一緒に絵を描くにあたり、どのようなことを心掛けましたか?

今回は時間が2時間と限られていたため、前もって子どもたちにやることを判りやすく伝える事を心掛けました。 そのために事前に参加する皆さんを集めて授業をしたり、イベント直前には描き方のお手紙を書いたりしました。大人でも、白くて大きなキャンバスを目の前にして「自由に描いてください」と急に言われて、描くのはなかなか難しいと思います。ですから、前もって何をやるのかをきちんと伝えて、導いてあげるのが僕の仕事かなと考えて取り組みました。

今回、何か思い出に残るようなことはありましたか?

階段に描かれた怪獣の絵や壁に描かれた風船を背景に写真を撮ると、怪獣に襲われているような絵や実際に風船を持っているような絵に見えるような、出来上がった画を背景にして面白写真を撮ったりすることが最初に思い描いていたコンセプトでした。終わってみて、みんなそれがきちんと出来ていたので、凄くうれしく思いました。

今後、「校舎の思い出プロジェクト」を多くの小学校にて展開をしていきたいと考えております。 このプロジェクトに今後期待することや、メッセージがございましたらお聞かせください。

子どもたちにとって、校舎に絵を描くのは特別な体験ですが、ただ自由に絵を描くというのは難しいと思うので、美術の先生やプロの方、経験のある方が、ガイドしてあげると良いと思います。イベントで、何を描くかなどで悩んで苦しかったりして、絵が嫌いになってしまったら、もったいないです。一生に一度あるかないかの体験なので、ガイドすることで、より素敵な体験で終わらせてあげたい。この体験は大人になっても記憶に残ると思いますから、それが辛かったり、嫌な思い出で終わっていたら残念だなと思うので、出来ることなら子どもたちに最高のパスを送って欲しいと思います。

いせ先生インタビュー

今回の依頼をお受けいただいた背景や、いせ先生と下北沢との関わりを教えてください。

東大原小学校同窓会OBの皆さんとは、長いお付き合いで、世田谷区で原画展を行ったときは、同窓会OBの皆さんが全員来て下さいました。また、OB会の図書館にも私の本を寄贈しており、並べて下さっているので、皆さん私の本をご存知です。PTA主催で同校で記念講演をやったこともあり、今回のお話は、同窓会OBとPTAとの縁があったからこそ、です。下北沢のホールでもLIVEで子どもたちと絵を描いたこともありますし、何かとご縁はありますね。

いつもはどのような場所に描かれることが多いですか?

絵本作家なので、60cm×40cmサイズの絵本の原画を描くことがほとんどです。原画展を行うときは、絵本の原画の他に50号や100号などの、ふすま位の大きいキャンバスに描くこともあります。また、必ずスケッチブックを持ち歩いて旅をしているので、外でもどこでもスケッチしています。今回のような壁画を描いたことはありませんでしたが、美術館のワークショップでは、子どもたちと7mの絵を皆で描こう、といった取り組みは行ったことがあります。

今回、児童や保護者の皆さんと一緒に絵を描いてみて、特に印象に残っているエピソードなどあれば教えてください。

今日はまず、皆さんに絵本を読みました。これは私が大好きな「木に持ちあげられた家」という絵本です。学校に人が来なくなっても、この絵本に出てくる家のように物語がいっぱい詰まっているんだということを心に留めながら、今日の作業をしようね、と伝えました。もう学校がなくなるから落書きでいいや、ではなくて、皆この学校で自分の物語がたくさんあったはずだから、今日はそれを描いてみようね、と。子どもたちはとても真剣に絵本の話を聞いてくれていました。絵本作家として、このプロジェクトに呼ばれたのですから、絵本を交えて、「昨日も今日も明日も物語の中の一日で、その物語を学校に残すために自由に絵を描こう」ということを伝えました。

せっかくこのようなチャンスを頂いているので、材料を使ってただ遊ぶのではなくて、何か心に残るような、いつもの図工とは違う特別な1日にしてほしいと思いました。今日のイベントでは、子どもたちが描いた絵を活かして、いいところを見つけて、それをサポートする側に徹しました。例えば、海を描いている子の隣に、にっこり笑った顔だけを描いている子がいました。そこから波の流れを続けて描き、その顔を活かして人魚としました。二人の子の絵をどちらも活かして繋げました。

また、ある作品は絵の具が垂れている箇所があったので、それを活かして花の茎に見立て、筆の穂先を押し当てた形を葉っぱに見立てました。周りにもあえて絵の具を垂らし、お花畑のようにしました。それを見ていた男の子に「私と一緒にやってみる?」と聞くと、とても嬉しそうに「やる!」と答えてくれ、楽しそうに描いていました。最近は、子ども同士の縦の繋がりが少ないので、今日のイベントでは5歳から12歳までの子どもたちが参加していた為、絵を描くことに慣れてきたら、次は隣の人とどうやったら繋げられるのか、それを促していました。 子どもの絵をきっかけに続きを描かせてもらって、さらにそこにまた加わってもらうというスタイルで行いました。また、子どもも大人もあのような絵の具の使い方は初めてだったので、皆絵の具の魅力にとりつかれて夢中になっていたと思います。

今後、「校舎の思い出プロジェクト」を多くの小学校にて展開をしていきたいと考えております。 このプロジェクトに今後期待することや、メッセージがございましたらお聞かせください。

最近は、子どもたちがスマホやゲームに慣れ親しみ、その影響か絵がパターン化してしまうことが多いです。木の枝はどのように伸びていくのか、葉はどう出るかなど、想像できない子が増えています。自由に描こうと言っても、記号のようなパターン化された絵を描く子どもたちが増えていることを私は危惧しています。ですから、今回のプロジェクトやワークショップなどを引き受けて、直接指導し、1人でもいいから絵はパターンでも記号でもないのだと気づいてもらいたいという思いでやっています。1日限りのワークショップでは、理解し絵として残すまで実行するのは難しいので、その子たちの心にどこか残ってくれて、次の機会で活かしてくれたら良いなと思います。このプロジェクトは、そういったきっかけを作るという意味ではとても良いと思います。子どもたちだけでなく、図工の先生に対してもきっかけを作っていると思うので、今後も広げていってほしいです。

私は一過性のイベントではなく、継続することが大事だと思っており、福島の飯舘村で子どもたちのワークショップを継続して行っています。子どもたちの興味を次々と引き出すように工夫して行っています。また、私はいつももっと長い時間を取って、子どもたちをものすごく集中させて3時間半位行うことが多いです。今回、明るい絵が多かったことは良かったと思います。子どもたちの中にはどうしても「悪魔」「戦争」「地震」「×」など、思いがけないものが絵や言葉になって最初に出てきてしまう場合もあります。ですが、そこで注意して描くことを我慢させるのではなくて、その絵の後に「別の世界が広がっていくだろうか?」「続きは?」と促すと、彼らの中に眠っている本当の優しい部分や落ち着いた部分が絵に出てくるので、私はそのように導いています。

田尾さんのインタビュー

小学校の歴史についてお聞かせください。

大正15年4月1日に東京府荏原郡荏原尋常小学校(若林小学校)大原分校として開設開校され、昭和2年7月7日に東京府荏原郡第三荏原尋常小学校として独立しました。この日が開校記念日となっています。当時の児童数は801名、職員数は17名でした。平成28年3月31日、88年の歴史に幕を閉じ、閉校。児童数は256名、職員数は25名でした。

「校舎の思い出プロジェクト」を行うことになったきっかけについてお聞かせください。

下北沢一番街商店街振興組合の副理事長・大塚さんが文房具店を営んでおり、ぺんてるとキヤノンマーケティングジャパンが「校舎の思い出プロジェクト」を展開しているという情報を下さったのがきっかけです。最初の打合せで、通常は数ヶ月かけて作品制作に取り組む学校が多いので、たった1日のイベントでは少々難しいかもしれないと言われ、ダメなのかなぁと思っていました。

「校舎の思い出プロジェクト」のサポートプログラムはいかがでしたか?

最高でした!最初は硬いことを言うなぁと感じることもありましたが(失礼!)、振り返ると腹蔵なく話し合える関係が早期に構築できていました。

特に印象に残っているエピソードなどあれば教えてください。

閉校し、校舎の管理責任が学校から教育委員会へ移った後に実施するイベントにも関わらず、片山裕治校長先生が実行委員会にオブザーバーとして参加して下さり、「参加者に自由に描かせるとグレーの壁になる」「思い出として残すならちゃんとした作品になるよう工夫すべき」という意見を下さったことです。 その後のプロジェクト展開において、協力して下さったTSUTOMU NAGAI先生とも「どうすればただのグレーの壁にならずにすむか」を話し合い、事前にヒミツ会議を開催したり、当日もデモンストレーションを実施し描き方を明確に示したりしました。 他には、「校舎の思い出プロジェクト」へ取り組む様子を『校舎に描こう感謝の思い出 世田谷・東大原小、統合で88年の歴史に幕』という記事で東京新聞さんに取り上げていただいたことです。その記事がきっかけで、在京キー局から取材依頼がありましたし、J:COMさんやエフエム世田谷さんからも協力を得やすかったと思います。このプロジェクトは、本校閉校イベント「さようなら東大原小学校の会」全体からすれば一部コーナーという位置づけなのですが、紛れもなく超目玉イベントでした。プロジェクト担当として活動できたこと、心から感謝しております。ありがとうございました!

学校の壁という本来描いてはいけない場所に、初めて子どもたちが描いていくときはどのような反応でしたか?

子どもたちだけに限らず、その保護者はもちろん、サポートスタッフである下北沢一番街商店街青年部の皆さんまで、夢中になって絵を描いていました。普通なら「コラ!誰だ!こんなところに絵を描いたのは!」と叱られるところに、思いっきり描けるというのはスペシャルな体験で、一生心に残る思い出になったと思います。 また、校舎の解体工事が進んでいく中で、皆さんが描いた作品がむき出しになって、青空の下、姿を見せていました。この作品を壊すことは、業者さんにとってもきっと心苦しいだろうなぁ、と感じました。

子どもたちが撮影した写真や、撮影している様子をご覧になっていかがでしたか?

映る人も無防備になるのか、みんな自然な感じで映っているなと感じました。

保護者や卒業生、地域住民の皆さんの反応はいかがでしたか?

参加した児童や保護者はもちろん楽しめましたし、来校され作品をご覧頂いた地域の皆さまも、校舎をキャンバスに描かれたエネルギッシュな作品に目を細めていらっしゃいました。

今後、「校舎の思い出プロジェクト」を多くの小学校にて展開をしていきたいと考えております。 このプロジェクトに今後期待することや、メッセージがございましたらお聞かせください。

今後もこのプロジェクトを展開していくとのこと、嬉しい限りです。ぜひ、これからも素敵な思い出をたくさん作り、残してあげてください。西校舎だけが今回のプロジェクトのように捉えてしまいがちですが、フリースペースの体育館も一環で、そこには中学生以上の方々が校舎への想いを描かれていました。そこでの画材バリエーションがもっとあったらいいなぁと思いました。また、TSUTOMU NAGAI先生のような被災地支援をされているアーティストをこのプロジェクトの協力アーティストとして登録する、そんなシステムを導入されてはいかがでしょうか。取り壊される校舎に感謝の気持ちを込めて思い出を作り、思い出を残したい-という気持ちはあってもヒトがいない。そんな理由でプロジェクトに参加できない学校があるのは残念ですし、またプロジェクトに参加できてもどう進めれば良いのか悩んで負担になってしまったり、きちんとした作品を残せなかったりするのは悲しいと思います。

増田さん・関係者様のインタビュー

「校舎の思い出プロジェクト」のサポートプログラムはいかがでしたか?

河野様とても良かったです。絵の具などの画材は、希望した色がきちんと揃い、ハケは壁を塗るのに適していました。事前に届けて頂き、心配なく当日を迎えられましたし、余った物は当日中に片付けてくれたのも、とても助かりました。

加藤様普段は描けない場所に描けるという企画と、絵の具が大量にあったことがすごいと思いました。

特に印象に残っているエピソードなどあれば教えてください。

河野様母と娘で人物や景色などを描いていたのですが、その絵の端の上部にいせ先生が女の子が上から見ている絵を描き足して下さいました。それだけで、その絵にストーリーが生まれた感じがしました。

田窪様当日は、画材の配布と描いている方々のバケツの水替えなどのサポートをしていました。絵を描いている時の子どもたちの集中力の高さと、大人たちの本気に感動し、頑張ってサポートしなくては!とやりがいがありました。

加藤様筆を使わずに手で描いている子どもがいました。校舎に触れたその感触をいつまでも忘れないでいてほしいと思いました。

「学校の壁という本来描いてはいけない場所に、初めて子どもたちが描いていくときはどのような反応でしたか?

河野様目が輝いていました。壁だけではなく、階段や鏡など普段では絶対描けない場所というのもあるのでしょうが、近くを誰かが通っても全く気にせず、集中して描いていました。ここの場所は自分が絵を描いて校舎を飾ってあげるのだという使命感を感じました。

田窪様子どもたちはキラキラした瞳で、今まで使ったこともない大量の絵の具と大きなハケで楽しそうに描いていました。低学年の子どもたちが、自分より遥かに大きいキャンバスに背伸びしながら、身体全体を使って描いている姿は微笑ましかったです。

篠﨑様「ここは描いていいの?」と最初は遠慮がちでしたが、良いとわかると力いっぱい身体中で描いていました。

加藤様何を描こうかと、とまどいながらも描き始めたら勢いが止まらない感じで、夢中になっていました。少しずつ配った絵の具の“おかわり”も時間と共に増えていきました。

保護者や卒業生、地域住民の皆さんの反応はいかがでしたか?

河野様絵を描いている児童や保護者が喜び、楽しんでいたのはもちろんですが、出来上がった絵を見に来た方々も、校舎がきれいに飾り付けられている、と絵を褒めて下さったり、前で写真を撮ったりとても楽しんでもらえたと思います。

田窪様在校生及び保護者の方も、今までお世話になった校舎へ、これから取り壊されていく校舎へ、感謝とさよならの心を込めて参加されていました。皆さんのお顔も「いいさよならができた」という表情だったように思います。

篠﨑様「良い企画だね!」という言葉を多く聞きました。

今後、「校舎の思い出プロジェクト」を多くの小学校にて展開をしていきたいと考えております。 このプロジェクトに今後期待することや、メッセージがございましたらお聞かせください。

河野様舞台が建て替えられる校舎ということで、どの小学校でも歴史があると思います。言葉での感謝も良いのですが、絵という誰が見ても一瞬でわかる表現方法はとても良いと思いました。描いた後に見られるのは、わずか数日でも写真という方法で残せるので、本当にありがたいと思います。

加藤様自分の母校がなくなってしまうという寂しさを少しでも癒すことができる特別な体験だと思います。今後も続けてほしいです。

増田様校舎を取り壊す前のタイミングでの企画として、とても素敵なプロジェクトだと思います。生の壁画を見るのは、やはり感動でした。

その他、何かございましたらご自由にご記入下さい。

河野様今回は児童だけでなく、保護者も多く参加してくれました。参加した保護者は皆、すごく楽しいと言いながら描いてくれていました。東大原小は親自身も卒業生という家庭も多くあるので、家族参加可にして本当に良かったと思います。他校だと、図工の授業の一環ということで児童のみの参加が多いかと思いますが、保護者の参加もとても良いものでした。ぜひ、他校での実施の際にも提案して頂ければと思います。

増田様子どもたちを中心に、親子で描いた絵はどれもとても素晴らしく、会場に来て下さった全ての方に見て頂きたかったです。絵を描いている時間帯は入場規制をかけており、当日の「さようなら東大原小学校」イベントには1,500人以上のご来場があったものの、タイミングが合わず、壁画作品を見学出来なかったとの声もありました。壁画制作の日と鑑賞の日は別に設け、多くの人に見て頂くのが良いと思います。