表現フィールドリサーチ

原画をもとに、新しいアートを生み出す!版画の概念を変える版画工房アーティーの挑戦

原画をもとに、新しいアートを生み出す!版画の概念を変える版画工房アーティーの挑戦

版画づくり──。
みなさんはこの言葉からどんな光景を思い浮かべますか?
消しゴムはんこを作ってペタペタ押した子ども時代?彫刻刀を握って木版を削った図工の授業?それとも、銅版に表現を刻みつけた壮大なアート作品でしょうか?
みなさんが思い描いた光景にはきっと作品の素となる「版」という存在があったのではないでしょうか。

実は、今回ご紹介する版画工房アーティーは、版画でありながら現物としての「版」がないジクレー版画の作品づくりがご専門。

え、版画なのに、版がない?

そんな驚きからお話をうかがうと、そこには一流クリエイターたちにも刺激を与え続けている、自由で豊かな表現の世界が広がっていました。

01版画の可能性を追求。新しい作品づくりに挑む、現代の摺り師集団。

そもそも私たちが版画工房アーティーさんに出会ったきっかけは、“おじいちゃん先生”こと水彩画家YouTuber 柴崎春通さんと共同開発した「アートクレヨン」でした。

“大人にもう一度描くよろこびを”。

そんな想いから始まったプロジェクトをクラウドファンディングで支援してくださった方への返礼品のひとつとして、柴崎さんの作品をぜひ届けたいと考えた私たち。
アートクレヨンを使い、柴崎さんに新しく作品を描いていただいたのですが、さて、どうやってこの作品をお届けしたものか……。最適な方法を調べるなかで、ジクレー版画というものに辿り着きました。

ジクレー版画のジクレーとはフランス語で“吹き付ける”の意味。一般的な版画との大きなちがいは、物理的な版の有無。ジクレー版画には版がなく、デジタル作品のデータ、あるいは現物の絵などをスキャンしたデジタルデータを基に、特殊な専用プリンタでインクを吹き付けてプリントしていくものです。

そんなジクレー版画業界の中でも、単なる原画の複製ではなく、原画をもとにしながらまったく新しいアート、新しい表現を生みだす版画工房アーティーの存在を知ったのです。

版画工房アーティーを立ち上げ、代表をつとめる加藤泉さんは次のように話します。

「ジクレー版画は、物理的な版を必要とせず、プリントはプリンターと呼ばれる専門家が行うものです。その結果、版画作家ではない作家が手がけた作品、たとえば油絵や写真なども版画作品にできるようになり、版画の表現領域が飛躍的に広がりました」

 

と、ここまでうかがうと高性能のプリンタで作品を高精度にプリントすることと同じようにも感じるのですが……?

版画工房アーティー 代表 加藤泉さん

「ある意味でその通りです。芸術作品をインクジェットプリンターで複製したポスターなどもジクレー版画といえます。ただ、私たちが行う版画は複製プリントとはまったく別もの。単なるコピーではなく、原画をもとに作家とともによりよい表現を追求して、単独でアートとして成り立つ新しい作品づくりに挑むのがアーティーのスタイルです。
そういった意味も込めて、私たちは自分たちが手がけるものを、ジクレー版画とは区別して“アーカイバル®️”と呼んでいます」

作家が持ち込んだ作品を介して、工房と作家が意見交換からはじめ、どんな素材を用いて、着色・加工はどうしていったらいいかを話し合います。
たとえば使用する素材も、コットン100%にこだわった用紙や作品にあわせて銅、真鍮、大理石、アクリルなど自由自在です。

長期保存という視点もアートと複製品の大きな違い。通常のコピー用紙(右)と比べて、コットン100%の版画用紙(左)は漂白剤不使用のため、自然なホワイトが特徴。パルプが含まれていないため黄変が起きにくく、約100年の長期保存が可能といわれている。

「アーカイバル®️は創造の垣根をなくし、表現の可能性をぐっと広くできるもので、作家さんと私たちは新しい作品づくりのパートナーです。無限の可能をもつアーカイバル®️の表現は、作家の方にも想像がつきませんので、工房のスタッフが作家の想いを聞き出しながら、それに応えるように表現法を提案して相談しながら作っていくんですよ。たとえば、これを見てください」

そう言って加藤さんが取り出したのは、日本を代表するアーティスト天野喜孝さんの作品。版画工房アーティーを信頼し、長年アーカイバル®️を制作しているそうです。

上が原画のプリント。繊細に描かれたモノクロの作品がアーカイバル®️(下)では、作品の手触りや、醸し出す雰囲気までガラリと変わる。

天野さんの絵をアルミ板にプリントしたそうですが、エッチングで板を腐食させて表情を出し、さらに版画技術や日本の工芸技術も駆使。色彩表現も原画とは異なり、世界観や作家性を保ちながら、まったく新しいアートに生まれ変わっています。

アート作品と複製品の違い。
それを言葉にするのは難しいですが、アーカイバル®️を見れば一目瞭然。
見る者の五感にビンビンと訴えてくる、まさにアート作品です。

「仕上がりを見て、“こんな風にできるなんて!”と作家さんから感動の声をもらうこともしばしば。作家というのは、常に表現に悩んでいて、意外かもしれませんが自分で描いた原画の表現が最高だと言える人はほとんどいないんですね。よりよい表現を模索しているからこそ、私たちの提案、そしてともに行う作品づくりをとてもよろこんでくださるんです」

02おじいちゃん先生のクレヨン画。さて、豊かな色彩をどう表現する?

“柴崎さんの作品の感動を、まるで原画が目の前にあるかのように、リアルに体感していただきたい──”

ぺんてるが今回のアーカイバル®️制作でお願いしたのはこの一点でした。

作品づくりに奮闘してくださったプリンターの菊池菜奈未さんは、こう語ります。

「原画を拝見した時に、通常のクレヨン画よりもなめらかな質感と厚みのある筆致を感じて、アートクレヨンの表現力に驚かされました。そして何より柴崎先生の絵の表現力ですよね。8色だけなのに、色を混ぜたり重ねることで繊細な階層が生まれていて、明るい色にも暗い色にも豊かなグラデーションがある。遠くからは黒に見えてもよく見るとブルーやグリーンが入っていたり、肌の色や少女を照らす光までもがクレヨン画でこれほど表現されているんだと本当に驚いて。この鮮やかさを伝えるため、制作のポイントは“色調整だ”と最初から思いました」

通常のクレヨンより美しいツヤ感、そして混色や重色をしても鮮やかさを保つ奥行きある表現。アートクレヨンの豊かな表現力は、光の角度によって見え方が変わり、その再現が難しかったと菊池さんは言います。

「柴崎先生の原画でもっとも発色のよい角度を探って、一番美しいと感じた角度の色調、光の加減を再現することに決めました。実際に原画の前に立って感じる柴崎先生の表現の魅力を、アーカイバル®️を手にする方にも感じていただけるように、スキャンの方法から、色調整まで慎重に進めました」

制作工程や調整の仕方は「企業秘密です」と微笑みますが、仕上がりを見れば菊池さんがこだわりにこだわりを重ねてくださったことは明らか。

左が原画をスキャニングした色調整前のもの。右はスキャンをもとに原画を忠実に再現したアーカイバル®️。柴崎さんの絵から感じられる光がアーカイバル®️からも感じられる。

スタッフのみなさんは美術大学出身であったり、デザイナー出身であったり、アートを学びアートを愛する人ばかり。作家の感性と職人の腕を持ち合わせているからこそ、表現の意図や作品の肝を誰より理解することができ、複製品を超えたアート作品に昇華できるのでしょう。

小さな傷や色抜けもくまなく検品。すベてのアーカイバル®️で納品前に行なっているそう。

カッティングも手作業のこだわり。

03アメリカで感じた“アートショック”。もっとアートが身近な日本を夢見て。

代々続く、蒔絵職人の家系に生まれた加藤さんが、版画工房アーティーを東京で立ち上げたのは2001年。設立の背景には、父から受け継いだシルクプリント事業を海外展開するべくアメリカで過ごした15年の時間があるそうです。

「日米の違いはアート市場の規模だと思っていたら、実は一番の違いは人々の意識でした。当時の日本は“アートは耳で買うもの”と言われていたんですね、名前を聞いたことがある著名画家だからとか、投資価値があるからとか。一方でアメリカ人がアートを選ぶのは“自分が好きだから”、その一心。ライフアートというのでしょうか、誰もがごく日常的にアートを自宅に飾り、生活や人生に当たり前にアートがあるカルチャーが衝撃でしたね。
また、アート業界の構造も大きく違いました。日本では版画作品は作家自身が手掛けたもので、工房は場所と機材と刷りのみを提供するという立場で上下の関係にありますが、アメリカは作家と印刷を担うプリンター、そして絵を売る画商が三者対等な立場で意見を交換しながら、作品がよりよくなるようにつくっていた。これを日本でもやりたい、と帰国後にアーティーを立ち上げたのです」

日本のアートシーンを変え、さらには私たちみんなのアートカルチャーを変えようと始まった版画工房アーティーの挑戦。設立から20年以上の時が流れた今、加藤さんは日本のアートシーンの現状をどのように見つめているのでしょうか?

「今、日本のアートシーンの変化をものすごく感じています。アート界のスターは美術作家からクリエイターと呼ばれる人たちに変わっていき、その時代の変化にともないアートにお金を出す人もパトロンからクリエイターのフォロワーへと移り、裾野が広がりました。その結果、作品の個性がとても出しやすい環境になっていて、自由にアートがしやすくなってきています。
特に家で過ごす時間が増えたコロナ禍以降は、変化も加速し、生活の中でアートを楽しむ人がどんどん増えていて、弊社へのご依頼も増える一方です。アートにも個性にも理解のある人が増えて、これからもっともっと変わっていくかもしれません」

原画を持たないデジタルクリエイターにとっても、自身の作品をリアルなアート作品に昇華してくれるアーカイバル®️の存在は大きい。

プリンターの菊池さんも、次のように個人の意識の変化を感じています。

「趣味でアートを楽しみ、画廊とは関係なく個展を開いているような個人作家さんが増えていると感じています。ファンのために販売したい、あるいは原画を手放してしまうから自分のために版画を作りたい、などいろんな理由でアーカイバル®️を求める方がいらっしゃいます」

日本人のアート意識の変化。今の状態はまさにアーティーが設立からめざしていたものに近く、着実に変わっていく日本のアートシーンによろこびと手応えを感じているそうです。

新しい表現を切り拓いているアーティーのアーカイバル®️。
今回の柴崎さんの作品を実際に手に取った方には、きっとその魅力をありありと感じていただけることでしょう。
原画に新たな息吹を吹き込み、新たなアート作品を生み出していく、その表現世界をご自身の目でぜひ味わってみてください。

あなたもアートクレヨン・プロジェクトに参加してみませんか?

アートクレヨン・プロジェクト

04版画工房アーティー

原画をもとに新たなアート作品を生み出す独自のジクレー版画「アーカイバル®️」の制作を行う版画工房。作家と対等なパートナーシップを結び、創造の垣根と固定観念を取り払って究極のモノづくりに挑み続けるクリエイティビティがアーティストやクリエイター、美術館などに刺激を与え続けている。絵画用スキャンを使った作品のデータ化や、それをもとにした印刷や複製、デジタル大判プリント等のサービスも提供。

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