表現する人々

「書く」と「描く」で、書の“その先の”表現へ。書家・宮久保胡蝶さん

「書く」と「描く」で、書の“その先の”表現へ。書家・宮久保胡蝶さん

01書の世界の常識を、ひらりと超えて

書家・宮久保胡蝶さんが手がける書を目にした人はこう口にしてしまいます。
「書を初めて身近に感じた」

ガラス・色彩・光と書が織りなす美しさに息をのむステンドグラス作家とのコラボ作品、細密画が文字を華やかに彩るカード、浮遊しているような文字と影で魅せるアクリルオブジェ、音楽にあわせて巨大な紙に描くダイナミックなパフォーマンス、某大人気アニメの技名を滑らかに書く様子が大バズりしたTikTok 。
書とはこれほど大きな可能性を秘めた表現なのだと気づかせてくれる作品の数々。

あまりに多彩なその表現を言葉にするなら「書とアートのコラボレーション」「書くと描くの融合」。宮久保さんは、書という伝統を大切にしながら、軽々とジャンルを超える斬新な表現に挑戦し続けています。

「新しいものをと意気込むより、面白そう、やってみたい、見てみたい。そんな自分の気持ちがはじまりです。絵も好きだから文字に絵を描いてみよう、アクリルに文字を入れたら浮いているみたいできっと面白いはず、生花を撮影して文字を載せたら素敵かも……好奇心のまま、手が動くまま、まずやってみる。そうすると思わぬ表現が生まれたりするんです。結果的に発表する作品につながることも多いですが、何より私も新しい書の表現をしてみたいし、見てみたい。自分自身が誰より楽しんでいるのかもしれません(笑)」
表現する力とは、楽しむ力。
そう創作姿勢を物語る姿は、新たな書をひらく伝道師、探求者…そんな堅苦しい言葉よりも「書のエンターテイナー」と呼ぶのがぴったりです。

02表現の原動力は、人

創作の原動力は、との問いに 「人です」と笑顔で即答。
「もともと人に何かを伝えること、伝え方・見せ方を工夫することが好きなんです。お子さんの命名書なら一般の色紙サイズではなくハガキサイズにして長く飾りやすいようにしよう、スポーツジムに飾る文字ならエネルギー溢れる言葉をダイナミックに書こうといったふうに。書道パフォーマンスも神社から何か大きな文字を書いてほしいといわれ、音楽に合わせて披露したら面白いと思ったのがはじまりで、さらに絵を描いたら面白いに違いないと、時間を追うごとにどんどん変化していっています」
仕事の依頼者のオーダーや言葉、書はもちろん他のジャンルの美術作品、宮久保さんの作品を見た人の反応、すべてが表現のヒント。
切り絵、ステンドグラス、メタルアート……他のアーティストとのコラボレーションで生み出した作品も数えきれません。

「誰かの表現から、自分の中に新しい発想が生まれ、そして私の表現がまた別の人の表現につながっていく。感性の出会いから思いもかけない表現が広がっていくのは、ひとりで考え、作る面白さとはまた違う高揚感でいっぱいです」

めざすのは、人々が身近に感じられ、喜んでもらえる書。
「『理由は説明できないけれど宮久保さんの書が好きです。感動しました』作品にそんなお声をくださる人、偶然見かけた私の書道パフォーマンスに涙をこぼすほど喜んでくださる人がいらしたり、軽い気持ちでアップした筆ペンで文字を書くTikTokが若い世代を中心にバズったり。これまで書に触れてこなかった人に“何か”が伝わっていくのが何より嬉しいんですね。面白がるポイントが私の想像と違うことも多くて新鮮ですし、みなさんの声や反応が原動力になって、次の表現のヒントにつながっていきます」

03小さな発信から全国へ、世界へ

地元静岡でのパフォーマンスやイベント、作品発表から、高校生の書道パフォーマンスアワード審査員、東京の外資企業でのワークショップ開催。作品同様、活動も実に多彩です。
「書家といえば書道教室で指導したり、部屋で作品づくりに没頭するイメージを抱かれるかもしれませんが、私は“動きまわる”書家なんです」と茶目っ気たっぷりに話す宮久保さん。

1歳で文字に興味を示しはじめ、初めて筆を握ったのは3歳。
そこから15歳まで地元の書道教室へ通い、「字を書くことが大好きで、暇があればノートに落書きしていた」子ども時代。英語に夢中になり、書から遠ざかった高校・大学時代を経て、就職した番組制作会社で制作から出演までこなす忙しい日々のなか、ストレス解消のために手にとったのはやはり筆でした。
無心になって文字を書き、書が好きな自分を再発見し、多忙な会社員生活と並行しながら書道の師範資格を取得。転職、結婚、ふるさと静岡へのUターン、出産・育児。ライフステージが変わり、個人的に書を楽しむ日々を過ごしていたところ転機が訪れます。
「知人の飲食店から頼まれて、お店に飾る書をつくったらとても好評で、自分の書で誰かを喜ばせられるんだと驚きました。過去に書きためたもの、新たな作品を紹介するためにインスタを開設したらそれを見た人から、次々とお声がけいただくようになり、ビックリでした」
一歩踏み出すたび、誰かに何かが届き、広がっていく世界。
命名書、ロゴ制作、パフォーマンスの依頼…なんと海を超えて外国からトラックのデザインやタトゥーの文字を書いてほしいというオファーも! 

「あらためて書とはこれほどの可能性を秘めているんだなと気づかされました。どこで誰が見てくれているかわからないし、表現に制限はないんだから、やりたいことはなんでもやって表現しよう。そう心に決めています」

04表現の道具も、型にはまらず、自由に

大きな紙に文字を描く書道パフォーマンスでは、筆に墨の代わりに絵の具を筆に含ませることもあれば、紙ではなくキャンバスや石、ガラス、アクリルに描くことも。常識にとらわれない道具づかいも宮久保さんならでは。
「筆は100円ショップの商品から高級品まで、場面で使い分けますが、神社での御朱印書きに欠かせないのがぺんてる筆ペン。ナイロン素材で穂先のまとまりが良くて書きやすく、キャップ付きで携帯しやすいところが気に入っています。この筆ペンを筆がわりに、墨汁をつける“追い墨”スタイルで文字を書き、そこに輝きが強いギラギラ感が好みの金の穂・銀の穂(金銀色の筆ペン)で絵を添えてお渡しすることも多いんですよ」

意外なお気に入りはラメ顔料が入ったデュアルメタリックブラッシュ。文字と模様を融合した作品には、墨痕鮮やかな文字にキラリと光る模様を描き、絶妙なコントラストを楽しみます。
「私の雅号(※)が胡蝶で、蝶のワンポイント入りの軸のデザインにも縁を感じますし(笑)、絶妙な色合い、ギラギラ感が大好き。カチカチとノックすることでインク量を調整できるんですが、よりメタリックな輝きを作品に出したいので、いったんどこかにインクのたまりを作って、そこに穂先をつけてインク“増し増し”で書くと、いい感じなんです」

※書家などが、本名以外につける風雅な名

進化著しい書道アプリを使ったデジタルでの作品づくりにも意欲的ですが、それでも「手書きにかなうものはない」と話します。
「手書きの書は、直しもごまかしもきかないまさに一発勝負。その勝負に書家が込める想い、緊張感、集中力が書き手から見る人、受け取る人へと伝わっていく、それが書の魅力だと思うんです。御朱印やパフォーマンスといった場面では、目の前で筆をとり、一画一画筆をすべらせる姿を見ることができて、出来上がった書が自分の手元にやってくる。その一連の流れが書の醍醐味で、それは手書きだからできること。時代が進んでも手書きに勝るものはないと思います」

よければ「ぺんてる」と書いていただけないでしょうか? 突然のお願いにも関わらず、その場ですぐに筆を走らせてくださった宮久保さん。
その美しさ、その勢いに、始まりから完成まで取材陣一同目が離せず、書き上がった瞬間には思わず拍手喝采。まさに百聞は一見にしかず、作品は何よりも雄弁に、書の魅力を伝えてくれます。

「いずれは海外で作品を発表したり、書道を教えていきたいですね」
冗談めかして語りながら、「自分の夢や希望は、はっきりと言葉にするようにしているんです。思わぬ実現につながるから」とキラリと輝く目で続けた宮久保さん。
心にも表現にも制限をかけず、素直に、大胆に。このしなやかな姿勢こそが、目を見張る表現を次々生み出すエンジン。これからも新しい書の表現を切り拓いていってくれるに違いありません。

宮久保 胡蝶(みやくぼ こちょう)

書家。静岡県富士市出身・在住。3歳より習字を習い始める。大学卒業後、都内の番組制作会社にて社長秘書として勤務した後、2016年より地元静岡に戻り、書家として本格的に活動を始める。現在は、作品制作、命名書やロゴ作成、ワークショップや講師活動、イベント出演など幅広く活躍し、書のさらなる可能性を追求している。

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取材協力/場所:ペンネ・ジューク(静岡県富士市吉原3-4-5)