表現する人々
「やってみよう」から、自分と世界が変わっていく。MBS毎日放送アナウンサー・松本 麻衣子さん
01なんの気なしの発信がきっかけで、世界は、とんでもなく広がった
「関西地方を中心に放送している『よんチャンTV(毎日放送制作)』という帯番組で、あるコーナーのナレーションを週4日担当しているのですが、番組開始時にコーナーごとにまったく違う声でやってほしい、と言われたんです。かなり難易度が高いオーダーですけれど、そういうこだわりが大好き。月曜日は40代後半女性のイメージで、水曜日は昭和チックに、木曜日はしっとり女性的な声で、金曜日は元気でポップな感じにと、コーナーにあわせて声を工夫して楽しんでいます」
たとえばですね、と実演してもらうと…。とてもおひとりの声とは思えないまさに七色ボイス! そんなたくみな表現力と持ち前のサービス精神で、視聴者を魅了しつづけているMBS毎日放送のアナウンサー松本麻衣子さん。では早速、「話す」についてうかがいましょう……ではなく、今回は「書く」についてのお話です。
松本さんは人呼んで「美文字アナウンサー」。いえいえ、美文字を“めざして練習中の”アナウンサーですとご本人は謙遜されますが、2020年からインスタグラムで発信し始めた美しい手書き文字が話題となり、昨今はアナウンサーとしての活躍に加えて、「文字」をテーマにした活動も注目されています。
「投稿し始めた頃の自分に言いたいんです、この先に思いもしない世界が広がっているよ、と。でも当時聞いたところで『そんなアホな!』ってなるだけでしょうけれど(笑)」。
手書き文字をきっかけにつながった多くの人々、文字がテーマの取材やイベントへの登壇、毎日放送アナウンサーのYouTubeチャンネルでの美文字講座開設……すべてが「そんなアホな」だと、コロコロと弾むような声で笑います。
「書きたくなったので、書いてみました」そんなシンプルな言葉とともに、ぺんてるの筆ペン・「ぺんてる筆 銀の穂」で「光」という文字を書いてご自身のインスタグラムに投稿したのはコロナ禍で初めての緊急事態宣言が発出されていた2020年5月のこと。
「社会が一時的に停止したようなあの頃、みなさんと同様に外出できないこの時間に何をしようかと考えていたところ、インスタを見ていたら手書き文字の投稿画像が突然おすすめとして表示されたんです。「鯛」とだけ書かれたその写真は文具や文字について発信されているインスタグラマーkaduさん(@kadu2544)のものだったのですが、当時は文字投稿というジャンルがあることも知らなかったのに、『この人の文字、めちゃくちゃ好き!』と強く、強く惹かれたんです。それからはいろんな文字投稿を見るようになり、文字を見るだけでこんなにも元気づけられるんだと気づいたり、文字の力強さや美しさ、表現力にすっかり魅了されてしまいました」
Pentel DAY2022の会場で、憧れのKaduさんと初対面。
最初は見るだけでしたが、自分も書いてみたい、字が上手になりたいという気持ちがむくむく。紙とペンさえあればすぐできるんだから、やってみる?えい、やっちゃおう。その思いのまま筆ペンで「光」と書き、なんの気なしにインスタグラムにアップしたそうです。
「意外なことに見た方々が喜んでくださって、お褒めいただいたり、すごくうれしい反応がきたんです。こんな文字を書いてくださいとリクエストがきたり、文字を綴る動画も投稿してみたら、筆運びが見ていて気持ち良いとか、元気になりました、なんて言っていただいたり。『あら、私の書いたものがそんなに喜んでもらえるなんて!』といううれしさと驚きで、文字を書くことがどんどん楽しくなって、もう2年半続いています。まさか自分の文字にスポットライトが当たるだなんて思いもよらず。人生って何があるかわからないものですね」
手書き文字の初投稿「光」。想像以上のコメントが返ってきて驚いたという。
02力まず、かっこつけず。ハードルは、あえてぐーっと低く
小学生時代、習字教室に通っていた経験はあるものの、特別なレッスンを受けたわけでもなく、本当に軽い気持ちで始めた投稿だったと振り返ります。
「文字の素人がいきなり書いて、公開するなんて、怖いもの知らずと言われればそうかもしれません(笑)。でも発表のハードルを低くすることは今も意識していまして、もちろん、こうすればよかった、ここを直したいと思うことはたくさんあるんですが、気にせずアップしちゃいます。100点の文字なんて書けないし。プロじゃないんですから、うまくなくても恥ずかしがらず楽しければいいんじゃない?って。文字の上達をめざして始めたことですので、成長過程の記録ぐらいの軽い感覚でいいと思っています」
今や毎日放送内でも、文字といえば松本、と言われるそうですが、ご本人はというと。
「え、そうなの!?って驚きます(笑)」
と飾らない笑顔。まだまだ投稿し始めた頃と変わらず“練習中”という気持ちなのだそう。
書いた文字を「表現」と言われることにも気恥ずかしさを感じてしまうほど、松本さんにとって文字を書くのは、あくまで個人の趣味であり遊びの楽しい時間。
「スッとまわりが見えなくなって、世界が文字と自分だけになるような、キュッと集中する感覚が好きなんです。何時間も書き続ける日もあれば、気が乗らずすぐやめる日やまったく筆をとらない日が続くことも。今日はこの筆の書き心地が好みとか、いや、意外とこっちだ!とか。気持ちの向くままに書いていますので、たまに『作品を見せてください』と言われたりすると、『“作品”と言っていいのだろうか?』と思っちゃうほど。なにせ、動画や写真を撮ってインスタに載せたら、書いたものは手元にも残さないぐらいなものですから(笑)」
お気に入りのデュアルメタリックブラッシュで。
書く文字も、フォロワーからリクエストのあった地名、自身の気に入っているフレーズ、お子さんが何気なく言った言葉……ジャンルを問わず、そのときどきで自由に表現します。気負わず、てらわず、背伸びせず。そんな松本さんの文字との向き合い方に触発されて、手書き文字に目覚める人も多いそうです。
「自分が楽しんでいることを、誰かが楽しんでくれたり、何かのきっかけにしてくれると、その姿にさらにうれしくなって文字を書き続けるモチベーションになります。ひとりで書いているだけでは、これほど手書き文字にハマらなかったと思いますから、発信してよかったとつくづく感じています」
03誰もが何気なく行う「書く」「話す」にこだわる
「アナウンサーの仕事も同じですが、話すも書くも普段から誰もがしていること。決して特別な行為ではないんですけれど、そこにこだわって、これぞという声色を探ったり、伝え方を考えたり、このはらいで良いかな? この色でどうだろう?とか。当たり前の行為のちょっとした違いにこだわるのが好きですし、それが私らしさなんですよね、きっと」
スタジオに入り、原稿を読み始めると途端に表情がキリリと変わる。文字を書いている時とはまた違う、表現者の顔です。
手書き文字には筆ペンを用いることが多い松本さん。どれも市販されているものですが、カラフルな色、キラキラしたものが大半で、紙も半紙や色紙ではなく、質感や色をさまざまにチョイス。道具選びにも松本さんらしさが光りますが、特にお気に入りはありますか?
「とにかくキラキラした筆ペンが大好き!使うとかなりテンションが上がります(笑)。いろいろ持っていますが思い入れが強いのは、最初の文字投稿にも使ったぺんてる筆 金の穂・銀の穂です。手書き文字を始める前は筆ペンに黒・グレー以外があるとは知らず、筆ペン好きの後輩・福島暢啓(のぶひろ)アナウンサーに教えられて使ってみたのが出会いです。金色、銀色なんて素敵!って。書き心地や穂先の動き、戻り方がまるで本物の筆のように自然で、はらう時のなんとも言えない感触の良さもたまりません。字が綺麗に見えますし、筆の硬さやインクと相性が良いのかいつもより字がうまく書ける気がして欠かせない存在ですね。他にはラメ筆ペンのデュアルメタリックブラッシュ、これもやっぱりキラキラ系。いろんな色が出ていますが2色が溶け合うタイプが好みで、ブラック+メタリックレッドのかっこよさ、オレンジ+メタリックイエローのビタミンカラーの発色の良さが大のお気に入りです」
松本アナウンサーのインスタグラムにはキラキラとした文字がたくさん。リールに投稿された文字を綴る動画も、なめらかな筆の運びとキラキラとした筆跡が見ているだけで楽しい気分にさせてくれます。
仕上がりのキラキラ感に加えて、書く過程にもラメ筆ペンならではの楽しみ方が。「文字を書いてから乾くまでにインク内のラメが絶妙に動くんですよね、あれがたまりません。どう動くのか見ているとワクワクしますし、ライトが当たっているとその瞬間にしかない輝きがあったりして目が離せません!」
04本気で真似れば、必ず、何か得られるはず
日本の四季、行事、自然、花の名前。仕事や人との出会いが広がっただけではなく、手書き文字を始めてからアンテナにひっかかるものが変わってきたこの2年半。何をきっかけにして、自分や人生が変わるかわからないものだとつくづく実感したそうです。
「お手紙やメッセージを書きたい気持ちや機会も増えて、ガラスペンを手にとったり、一筆箋をやたら集めてしまったり。まさか紙で四季を感じる人間になるとは思いもよらず、でした」
松本さんがしたためた文字を見ると、美しい!とため息が出てしまいますが、ご本人いわく美文字習得はまだまだ道半ば。今も、kaduさんをはじめインスタグラムや動画で見つけた方々の文字をお手本に、コツコツと上達をめざして書き続けています。
「何かを学ぶときは、難しく考えず、まずは誰かの真似でいいと思うんです。真似って、真に似せると書きますよね? 以前、取材させていただいたプロゴルファーの方に、『真似をすることが大切だよ。似せることはできるんだ。でもこの真に似せるということが難しいんだよ』と言っていただいて以来、『真似』をずっと大事にしています。文字の練習も、お手本の筆さばきなどをよく見て“真に似せるぞ”と」
アナウンサーとして表舞台に立ち、プライベートでは小学生のお子さんふたりを育てる多忙な日々。
「子育てが一段落したらいずれは書道教室にも通ってみたいと思いつつ、まだまだ落ち着く気配がありませんので(笑)、今できることをしっかり楽しもうと。だって、ペンと紙さえあれば、文字はすぐ書けるんですから」
何気ない1つの投稿から広がった新しい世界。筆ペンを片手に、松本さんは今日もワクワクと手書き文字を発信し続けています。
松本 麻衣子(まつもと まいこ)
MBS毎日放送アナウンサー。兵庫県姫路市出身。学習院大学を卒業後、毎日放送に入社。ニュースや情報番組、ナレーション、司会など幅広く活動している。現在は毎週月〜金曜に放送される「よんチャンTV」でナレーションを担当。JNN・JRN加盟局の優秀なアナウンサーを表彰する賞で、2016年度「告知CM部門」優秀賞、2018・2020年度「テレビ・読みナレーション部門」優秀賞、2019年度「CM部門」最優秀賞を受賞している。