表現する人々

NOオレンズ、NO落語!?噺家人生を支えてくれる偏愛シャープペン。 落語家・柳亭小痴楽さん

NOオレンズ、NO落語!?噺家人生を支えてくれる偏愛シャープペン。 落語家・柳亭小痴楽さん

セットもなければ相方もいない、身ひとつで観客を江戸情緒の世界へ誘い、笑わせ、泣かせる。そんな落語という表現世界を生きる柳亭小痴楽さんにとって、舞台で頼れるのは話術と表現力、そしてネタとなる噺(はなし)。噺を覚え、自分のものにすることは芸の根っこを作ることと言えますが、そんな大事な工程になんと「オレンズネロ」、「オレンズAT」が一役買っていると言うではないですか。「シャープペン観が変わった」と絶賛してくださるシャープペンと落語とのふかーい関係を語ってくださいました。

01芯が出続ける!目からウロコが落ちた衝撃の一本

「今日もね、寄席の楽屋で師匠に自慢していたんですよ。師匠、知ってますか?今のシャープペンはすごいんですよって。仲間にもやたら話して回っています」

ついさっき寄席を終えたばかりで取材の場に駆けつけ、味のある声と小気味の良い語り口で切り出してくださった柳亭小痴楽さん。毎日寄席を沸かせる人気落語家さんだけに、“ツカミ”のサービストークかと思いきや、「ほら、これ」と自前の手帳をぱらり。そこには人前でシャープペンを走らせた跡だという、ぐるぐると渦状に描かれた筆記線で真っ黒のページが!

「見てみろ、芯が出続けるぞって、自分で書いたり人に書かせたり。もう、お前はどこの回しモンかって感じで(笑)」

どうやら本気で惚れこんでくださっているらしいシャープペンは、「オレンズネロ」「オレンズAT」の2本。芯が折れにくいというオレンズシリーズ共通の特長に加えて、一度ノックすれば、その後はノックなしで芯が出続ける=書き続けられるという自動芯出し機構が人気の2本です。

「ある時、芯が出続けるシャープペンがあるとどこかで聞いて、そんなの嘘だぁ、と試しに購入してみたら本当に出続ける!驚きましたねぇ、以前から発売されていたそうですがまったく知らなくて。もともとは“芯が折れない”をウリに生まれたシリーズ?なるほど、それで“オレンズ”かぁ、芯が出続ける方にばかり目がいって今日まで知りませんでした(笑)。オレンズネロは、他のオレンズより少し値が張るんですか?ほうほう、それは納得です」

これほどまで小痴楽さんが自動芯出しにご執心の理由は、彼が古典落語を得意とする落語家ゆえ。口へんに新しいと書いて噺(はなし:物語のこと)というとおり、落語は人から人へと受け継がれていく口承芸術です。
ある噺を高座で演じたいと思ったら、流派・一門を超えてその噺を得意とする師匠に稽古を願い出て師匠に目の前で演じてもらい、その録音を持ち帰ってひたすら自主稽古に励む日々。師匠を前に稽古の成果を披露してOKが出れば「客前でやってよし」となるそうですが、10分程〜1時間超まである噺を覚えるのは、登場人物多数の演劇台本をまるごと頭に入れるようなもの。落語の世界には台本などはないため、耳で覚える人あり、書いて覚える人あり、みな苦労のしどころですが、小痴楽さんはもっぱら“書いて覚える派”。しかもパソコンやスマホではなく手書きオンリーです。

原稿用紙を折って作った自作のノートには手書きの文字がびっしり!その傍らには、オレンズATとアイン替芯シュタインが。

「時間と手間はかかりますが、原稿用紙のマス目を使って言葉の調子や長さを表したり、“ハァ”なのか“はぁ”なのかで自分なりにニュアンスを書き分けたりするんで、手書きじゃないとだめなんです。一度目は録音を聴きながらぱーっとシャープペンで書き起こして、二度目は漢字や改行で読みやすく整え、最後に万年筆で原稿用紙に清書して和紙表紙をつけて自分用の台本完成。と言う具合に、同じ噺を三度手書きします」

特に一度目の走り書きは音を止めずにだーーっと書きたいところ、普通のシャープペンだと頻繁にノックが必要なため途中で止まることが多かったそう。しかし、オレンズATならばどんどん書けるということで、ネタや面白いことをメモする時もすらすら。思考や思いに制限をかけず、湧き出たままを書き起こしていくスピード感が心地良いのだとか。

「アイデアは一瞬で消えるもんだから、止まらずに書き続けられるのは脳みその助けになる!ありがたいです」

手帳はオレンズネロの0.2、台本書きなど走り書きするものはオレンズATと、使い分けているそう。

「あまりに使い心地が良いものだから、他のを使うとストレスを感じたりするんです。なんで途中でカチッとノックしなくちゃいけねぇんだ!ってね(笑)。使い始めてすぐに、うちの母ちゃんにも思わずプレゼントしちゃったほどで。そしたらすぐにLINEがきましたよ。『本当に出続けるの?』とフリがあって、続いての二通目『ほんとだ!』。最後は延々と書き続けているだけの動画が送られてきて『わーい!出続ける』って。親子で何やってんだよ、ですよねぇ(笑)」

オレンズネロとオレンズATがもしなくなったら、僕はきっと字を書かなくなります、とニヤリ。本音とサービストークの境界線がもはやわかりませんが、ものすごーく気にいってくださっていることだけは、たしかなご様子です。

02サラブレッドでいて破天荒!? 人間の矛盾も間抜けもすっと受け入れる落語界

「『錦の袈裟(けさ)』という噺(はなし)では、吉原に繰り出そうと沸き立つ若い衆にちょっとぼんやりな与太郎が俺も行きたいとごねる場面で、足手まといをはねつけるのではなく、与太郎の嫁さんが気持ちよく吉原に送り出せるにはどうしたら良いか、みんなが知恵を絞っておかしな方向に進んでいくシーンがあるんですね。ダメな子をみんなして助けて、誰も仲間外れにしない。そんな独特の優しくておかしい世界観が落語にはある。だから好きなんです」

故・五代目柳亭痴楽を父に持ち、16歳で落語界入り。父の往年を彷彿とする気っ風の良い語り口と愛嬌のある容貌で人気を博し、2019年には15年ぶりとなる落語芸術協会での単身真打昇進の快挙を達成。二つ目時代には落語家・講談師のユニット「成金」を結成して若い世代の観客を古典芸能に呼び込むことなど、人気・実力ともに折り紙つき。

落語界を背負う若手リーダー、「落語界のサラブレッド」と称されることも多い小痴楽さんですが、実はそんな優等生な言葉に収まるような人生ではありません。

“父・痴楽の落語はおろか、15歳まで落語というものを聞いたことがなかった”
“「寅さんと仁義なき戦いだけ見とけばいい」という教育方針で育ち、任侠にあこがれ、やんちゃをしまくった少年時代”
“母親から「あんたが噺家なんて、親父に殺されるよ!」と言われ落語家を志した”
“夢の中でまで稽古したのに舞台上で真っ白になり、励ましの声援をくれた観客に「うるせぇ!」と啖呵を切って強制退場になった初高座”
“36時間眠り続け、師匠の11代桂文治(当時は桂平治)に指摘されるまで、1日飛ばしたことに気づかなかった底抜けの寝坊魔”
“度重なる遅刻でついに破門”

30年と少しの人生は、その一端だけでも濃厚な逸話が並びます。

「すみません、どうしようもない人間なんです(笑)。落語を辞めようと思ったことも、辞めなきゃいけない状況に陥ったこともあったんですが、そのたびに師匠方や先輩方の機転と温情でなんとか首の皮がつながりここまできました。でもだからこそ、古典落語に惹かれると思うんです。“こいつが好き”と思えるようなダメな登場人物がいる噺が好きで、演じているというより、俺の好きな友達を紹介するみたいな感覚がちょっとあるんですよね。だから自分の技術が足りなくて伝わらないと悔しい。こんなに面白い奴らがいるのにちくしょう!って」

03呼吸をつかんだ先に広がる笑い。落語から離れられなくなるあの快感

落語家とお客さん、生身の人間同士が向かい合う寄席は一期一会のライブ空間。
熱心に落語を聞く人もいれば、酔っぱらい途中で席を立つ人、財布の鈴がなぜかチリンチリンと鳴ってしまうおばあさん……、一筋縄ではいきません。

「客席をよく見ていないとうまくいかないんです、落語は。一人ひとりというより全体を感じているという感覚が近いんですが、お客さんごとに異なる色を全体でひとつの色にまとめていくのが噺家の腕で、その日のお客さん次第で登場人物の性格に強弱をつけたり。同じ噺でも、ウケるもウケないもこちら次第、それが難しさであるとともにおもしろさです」

若手時代の生意気盛り。『落語が自分には合わない』と、つい三遊亭小遊三師匠に愚痴ったこともあったそうですが……。

「『生意気いうな!なんで昨日今日生まれたばかりのお前に、何百年も前から続く落語が合わせるんだ?お前が合わすんだよ、バカ!』と叱られました。本当だ、落語は何百年も先輩だわって目からウロコ(笑)。テレビでは何かといじられている小遊三師匠ですが実は鋭い人なんです、あぁ見えて……失礼ですけど(笑)」

計算通りにはいかないからこそ、お客さんが笑ってくれた時の喜びはひとしお。

「もちろん馬鹿笑いもすごくうれしいんです。でも生意気ながら噺のオチに向かってお客さんと自分の間の理想的な呼吸の流れみたいなのが頭にあって、そのとおりに進む日、自分のノリとお客さんの反応が奇跡的にシンクロするような日があるんです。もうたまらない!俯瞰して客席と自分を見るような不思議な感覚で、気持ち悪いくらい気持ちがよい(笑)。落語家の喜びは間違いなくあの瞬間だと思います」

04笑ってしまえば、どんなことも、どんな世界も面白くなる

現在の持ちネタはおよそ80本。同じくらいの芸歴でその倍程度の数を持っている人も多いそうで、「もっと覚えたいんですが、なかなか……」と頭をポリポリ。

15分の噺で原稿用紙は大抵の場合15枚ほど。
習得の一助になればうれしい限りと、オレンズネロ 0.3はワンノックで原稿用紙26枚ほど、書くこともできるんです(*筆記条件によって異なる)とお伝えしたところ。

「え?落語一本分まるまるが余裕なんですか?よぉし、また仲間と師匠と母ちゃんに喋ります(笑)」

とおもむろに手帳にメモをしはじめ、再びオレンズネロ愛を炸裂させてくださる小痴楽さん。爆笑エピソード連続の生い立ちを綴った著書、新聞連載、映画評論、テレビ番組出演。
活躍の場は落語界におさまらず、コロナ禍では仕事を失った若手のために配信寄席を開催するなど「落語の未来をつくるリーダー」として先輩・後輩・落語ファンからの期待と信頼は高まるばかりです。

「今も遅刻したり、噺を覚えなきゃいけない時に後輩と飲みにいっちゃったり。しくじりの多い人間です。でも時間が経つにつれ、あらためて自分みたいな人間を受け入れ、可愛がってくれる落語界や師匠方のすごさがわかるばかりです」

“柳亭痴楽のせがれ”を引き受けてくれた桂文治師匠。
父亡き後、親代わりとなり多くのことを教えてくれた柳亭楽輔師匠。
付き人として全国の落語会へ連れて行ってくださり経験値をくれた故・桂歌丸師匠。
折につけて、憎まれ口をはさみながら箴言を授けてくれる三遊亭小遊三師匠。
そして、“落語家としてはよく知らないが、人として尊敬している”亡き父・五代目柳亭痴楽師匠。

鋭い観察眼で人を見抜く怖さと、間抜けさを許して笑う懐の深さを併せ持った、噺家としても、人間としても目指したいお手本が周囲にいる幸福を噛み締めます。

「落語はどうしてもニン(人間が持つ人柄)が出ます。寄席の舞台に現れただけで、空気をがらっと変えてしまう師匠も、だまって座っている姿だけでくすくす笑いが広がり一言出すと大爆笑になる師匠もいます。顔、表情、仕草すべてが芸。かっこいいですよ、本当に。若手はみんな憧れて一度は真似するんだけど、僕なんかが黙ってると『どうした、また、噺忘れたか?』って言われるだけ(笑)」

いつかは、登場しただけで客席の頬がゆるむような噺家に。
そんな想いと寄席が全中止になったコロナ禍の経験に背中を押され、「別分野ででも僕を知って、落語に来てくれる人が増えればいいなと思っています」と寄席とさまざまな仕事に全力投球。
失敗すれば悔しいし、お前で笑うもんかと腕組みするお客さんにも出会うこともありますが、つらいこと、悲しいこと、悔しいことでも面白がり、ネタにして、笑いとばしていきます。

「前座時代、言いがかり的な嫌がらせをする先輩と大げんかになった時に、小遊三師匠がやってきて言ったんです。『腹たった時は、あいつのピーーー(自主規制)な姿を想像してみな、間抜けで笑っちゃうだろ?笑ったら負け、もう許したってことよっ』て。それで10代の僕はずっとその姿を想像していて……すみません!こんな話しちゃって(笑)」

では気をとりなおして、最後の質問を。小痴楽さんが考えるこんな文具があったらな、を教えてください。

「うーん、木の温もりが好きなんで木製のオレンズが欲しいかな。あ、グリップ部分を畳素材にするとかどうです?名づけて、『オレンズTT(ティーティー/畳)』……ちくしょう、もっと、うまいことを、言いたいのにぃ!考えときますから、今度また聞いてくださいよ(笑)」

柳亭 小痴楽(りゅうてい こちらく)

五代目柳亭痴楽の次男として生まれ、16歳で落語家の道に。2005年二代目桂平治(現・11代桂文治)に入門、2008年に父・柳亭痴楽門下となり、父の没後は柳亭楽輔門下へ。2009年二つ目に昇進、2019年には協会で14年ぶりとなる単独真打昇進の快挙を遂げる持ち前の発想力・行動力を発揮。同年11月自身初のエッセイ集「まくらばな(ぴあ出版より)」を出版。二つ目時代に落語家・講談師で結成した二つ目ユニット「成金」、コロナ禍に高座に上がれない若手のために主催した生配信を行うなど、落語会を牽引する若きリーダーとして各方面から注目されている。

その他主なメディア活動
・NHKラジオ第1「小痴楽の楽屋ぞめき」毎週日曜日13:05〜13:55放送、メインパーソナリティ
・NHK Eテレ「ヴィランの言い分」土曜日10:30〜11:00放送、化学パートにて落語での解説担当
・月刊誌「小説現代」(講談社)にて、時代小説の書評を隔月で連載中
・全国の地方新聞の有料電子版コラムを毎週金曜日に連載中
・PINTSCOPE(ピントスコープ)にてWEBコラム「柳亭小痴楽〜映画世渡り問答〜」を連載中

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