表現する人々

本物以上においしそう!スイーツアクセサリーを生み出すシャープペン「グラフペンシル」。 アクセサリーデザイナー・ワカマツ タダアキさん

本物以上においしそう!スイーツアクセサリーを生み出すシャープペン「グラフペンシル」。 アクセサリーデザイナー・ワカマツ タダアキさん

「星の数ほどある文具から愛用品を選ぶときの視点は?」
そう聞かれたらどう答えるでしょうか。
たとえばデザインや機能性、書き心地、使用感といったスタンダードな視点はもちろん、「とにかく好きだから」や「なんとなく使い続けているものだから」といった回答をする方もいるかもしれません。
スイーツアクセサリーのパイオニア・ワカマツ タダアキさんは、グラフペンシルの愛用者。そんなワカマツさんの冒頭の問いに対する答えは、自分の意思というよりも「手が先に選んだ」とのこと。その理由の背景には切実な事情があったそうで……。さて、その意外な愛用理由とは?

01シャープペンが生理的に大の苦手だった!?

時計を巻き戻すこと2000年代前半。
食べられそうなほどリアルなホイップクリームをモチーフにした愛らしいリングが、東京の女の子たちの間でブームとなったことがありました。そしてそのムーブメントは、全国へと一気に拡大していったのです。このリングの作者こそ、「スイーツアクセサリー」という新ジャンルを切り拓き、今もトップランナーとして走り続けるアクセサリープランドQ-pot.を率いるワカマツ タダアキさんです。

アイデアのメモやデザイン画も“手”描きし、新作アイテムの造形は必ず自分の“手”で試作して決定。「幸せや理想はきっと“手”の届くところにある」と、身近なモノをアクセサリーにし続けています。

ワカマツさんのモノづくりには「手」というキーワードが随所に登場しますが、頭にひしめくアイデアを愛用の手帳にメモする際に手に握るのはぺんてるの製図用シャープペン「グラフペンシル」です。

「使い始めたのはデザイナーになった頃でしたから、もう25年くらい前になるでしょうか。頭の中にあるものを具現化するために一番初めに使う道具なので、モノづくりのスタートというか、原点に近く、僕とっては欠かせない存在なんです」

モノトーン基調のシンプルな装いに身を包みクリエイティブな雰囲気をまとったワカマツさんが、製図用らしい硬派なルックスのグラフペンシルを手にすると、もうなじみすぎるほどにお似合い。デザインに惹かれたのでしょうか?それとも書き心地?そんな予想をしながら使い始めた理由をうかがったところ、意外な答えが返ってきました。「そもそもシャープペンが“生理的に”大の苦手だったんです」

「店頭でよく売られているプラスチックの軽いシャープペンって書く時にキュキュッと音が鳴ったりしませんか?あれを聞くと全身の力が一気に抜けて、まったく力が入らなくなってしまうんです。ペンを握れないほどの脱力ぶりなので、周囲の人にずいぶん笑われるんですけど、アイデアやデザインをすべてシャープペンで描く僕にとっては死活問題です」

そう微笑みながら、シャープペンを握りヘナヘナーっと脱力して机につっぷす様子を再現してくださるワカマツさん。あまりのヘナヘナっぷりに笑い出す取材陣に向けて、隣にいたスタッフさんが一言。「本当にこんな風になっちゃうんですよ(笑)」。

シャープペンから発する「キュキュッ」という音は、ワカマツさんには堪え難い音だそうで、たとえるなら発泡スチロールの摩擦音や黒板をひっかく音を聞いた時の鳥肌のたつあのゾワゾワ感に近いとのこと。それが絵や文字を描くたびに起きるとなると……つ、つ、辛すぎます!

だから軽いシャープペンシルはご法度、使うのはキュキュッと鳴らないずっしり重いタイプのみ。そう決めていた当時、店頭の製図用シャープペンコーナーで不意に手にしてみたのがグラフペンシルだったそうです。

「製図用だからきっと重いだろうと手にとったら、驚くほどに軽い。それでいて、あのキュキュッがなかったんです!これは僕的には大変なことで本当にびっくりしました。さらに書き心地もよくて、手にもなじみましたからその場で瞬時に確信したんですよ。『これはすごい一本だ。名品にちがいない』って。調べたら当時でもかなりのロングセラーで、やっぱり!と思ったのを覚えています」

数えきれないほどのヘナヘナ体験を経て、ようやく出会えた“理想のシャープペン”。
その感動のままに10本ほどをまとめ買いしたその時以来、グラフペンシル歴は20年以上。

「フォルムも流線型ですばらしく美しくて、まるでポルシェのようです。いまだに見とれますし、見飽きることがないです」

と愛しそうにグラフペンシルに手を伸ばすワカマツさん。

思いついたデザインのアイデア、商品名や企画に使えそうなダジャレ(!)、店頭での見せ方、商品に込める想いやストーリー、表現したい世界観。

創造のタネとなることはなんでもグラフペンシルで愛用のノートに描き留めているため、「あれもグラフ、これもグラフで最初のアイデアを描いたんですよ」とアトリエにある数々の作品を笑顔で紹介しながらハッとしたように一言。

「というか、僕が手がけた商品のデザインはすべてグラフ発です! だって他のシャープペンだと力が抜けて描くことができないわけですから(笑)」

アクセサリーのラフだけでなく、自身の作品の下地もグラフペンシル一本で描き上げる。ずっと握っていられるほどという相性のよさがうかがえます。

02自分のためのモノづくりから、誰かを笑顔にするモノづくりへ

もともとはモデルとして活躍していたワカマツさんでしたが、幼い頃から好きだったモノづくりに携わりたいとアクセサリー制作の道へ転身。
そこで師匠と慕う方からデザインの才能を見出されオリジナルブランドの立ち上げを勧められたそうですが、その際に強く言われたのが「自分らしさを大事にしなさい」でした。

「当時の男性用アクセサリーは無骨なデザインが多くて、自分が身につけたいと思うモノがなかったので、だったらそれを自分で作ってしまおうと。自分が楽しくなるような、嬉しくなるようなアクセサリーが欲しかったんです。気分が弾むもの、たとえば食べ物のチーズやチョコレートをモチーフにリングを作ったり、虫歯が痛かったから歯や歯みがきをモチーフにして逆に楽しんじゃったり。自分のアイデアを楽しみながら形にしていきました」

どちらかというとシャイで無口な性格で、コミュニケーションもそう得意ではなかったという20代当時のワカマツさん。ただ作ったアクセサリーを身につけていると、アクセサリーをきっかけに声をかけてもらえたり、自然と会話が弾んでいったのです。

「国内でも海外でも、みなさんが笑いながら『それいいね!』って次々話しかけてくれるので、まるで、無口な僕のかわりにアクセサリーが話してくれるみたいで。可愛いものや、楽しいものは、性別も年齢も言葉も超えて伝わるし、笑顔にするんだと体感したんです」

ハンバーガーをモチーフにしたネックレス。チーズやパティ、レタスに目玉焼きなど自分の好みの具材を重ね合わせてカスタムできる遊び心が散りばめられている。

いわば“会話と笑顔を広げるアクセサリー”。
会話が弾み誰かを笑顔にするアクセサリーを作ったらどうだろう、いや、作りたい。モノづくりの方向性が定まるまでにそう時間はかからず、当初はメンズ用アクセサリーが中心だったのが、レディースラインも立ち上げたワカマツさん。模索しながらアクセサリーづくりを続ける日々のなか、ある日、ブレイクスルーといえる出来事が起きます。

「まだ幼かった娘が口や洋服にホイップクリームをペタペタつけてうれしそうにしていたんですが、その姿があまりに可愛くて。まるで自分をデコレーションしているように見えたんです。そしてふと思ったんです。『今、自分はなんて幸せなんだ。これは幸福の頂点だ!』と(笑)。自分が幸せを体験するより、誰かの幸せな姿のほうがずっと自分を幸せな気分にしてくれるんだと初めて気づいて、“自分がほしい”から“誰かの笑顔のために”へ、モノづくりへの姿勢を変える大きな転機となりました」

本物と見間違えるほどリアルなスイーツをモチーフにしたアクセサリーを身につけたら、まるでその人がデコレーションされているような楽しいアクセサリーになるんじゃないか。
娘さんの姿に着想を得たQ-pot.パーラーシリーズは、Q-pot.とワカマツさんの名前とともに、「スイーツアクセサリー」というこれまでにない新ジャンルを、日本中へと知らしめたのでした。

03モノづくりのヒントは、日々の暮らしの中にもある

“本物以上においしそう!”といわれるQ-potのアクセサリーの造形は、強いこだわりの結晶。

「おいしそうに見えるためにどうしたらいいかは常に考え続けています。おいしそうだから会話が広がったり、笑顔がこぼれるわけで、ぱっと見て食べたいと思ってもらえないなら作る意味がないんです」

色ツヤ、質感までまさに本物かと思うようなスイーツアクセサリー。

本能で感じる“おいしい”を、食品以外で表現するのは並大抵のことではなく、ましてやスイーツアクセサリー自体が自身で切り拓いた新しい道だから、マニュアルや専用素材なども当然ない手探りのモノづくり。
一つひとつの製品のデザインはもちろん、素材や製作方法を考え、自分の手でトライ&エラーを重ねながら“最高のおいしそう”を更新してきたモノづくりの時間は、そのまま日本のスイーツアクセサリーの進化の歴史でもあります。

製作のヒントは意外なことに生活の中に。クリームの柔らかいホイップ感を出すためにプニッと柔らかなシリコンを使ったのも、ワカマツさんの発明ですが(現在はより耐久性のあるPVC素材に変更)、そのシリコンはなんとDIY用のものだったとか。

「自宅の壁の穴をうめるためにシリコンを使った時に、ふと、『これ、ホイップクリームにいいんじゃないか?』って。それで製菓用の絞り機にシリコンを入れてみて絞ったら、生クリームのあの柔らかなプニプニ感が再現できて、やったぁ!って。何百個・何千個のホイップモチーフを一つひとつ絞ってアクセサリーを作ったんですよ」

信頼できるスタッフや製造工場、職人さんを多く得た今も、新作のプロトタイプは必ず自身で作るそう。素材選びから造形も加工も自らの手を使って試行錯誤。
納得できる“とびっきりおいしそう”ができるまで何度も試作を重ねます。現場の工場や職人さんにとって、斬新な発想力と明確なビジョンをもつワカマツさんのモノづくりへの熱意に応えるのは容易ではありませんが、「こんなの作ったことないよ!」と言いながら嬉しそうに腕まくりしてくれる職人さんや工場が全国にたくさん。
一人ひとりが心を込めて作りあげるからこそ、心ときめくワカマツさんならではの製品ができあがるのです。

04やると決めたら、実現の道が見えてくる

独自固有の世界観をもったQ-pot.のアイテムはポップアートとしても注目されていますが、ワカマツさんにとってご自身の職業はアーティストではなく、あくまで「デザイナー」。

「自分のために表現を続けるアートより、多くの人に喜んでもらえるほうが幸せだと感じる僕には、誰かの存在やニーズがあって成り立つデザインの仕事のほうが肌にあうのかもしれません。デザインってモノを作っているわけではなくて、主人公となる人がいて初めて成立するもので、アクセサリーもアイテムも主人公である人がいなければその辺にある石と同じ。誰かが楽しい気持ちや幸せになるためだったり、祈りのためだったりにつけるアクセサリーをデザインすることは、その先のコミュニケーションや気持ちをデザインすることでもあるんじゃないかって思うんです。
だから、モノをつくることがゴールではなくて、モノがもたらす幸せや笑顔、さらに幸せの連鎖だとか、“モノの先”を大事に考えてデザインしたいんです」

たとえばチョコレートをモチーフにしたQ-pot.のブーツは、本革仕様ながらもふわっと軽やかですが、それは「人生を軽やかに歩んでもらいたい」という願いを叶えるために作ったものだからこそ。とびっきりチャーミングなルックス、思わず話したくなるウィットに富んだ遊び心、人を思う温かい心。

触れるほど、見るほど、知るほどにやさしい気持ちが広がるQ-pot.のファンは今や世界各国におり、親子三代で愛用しているという人も。最近は「Q-pot.男子」なる言葉も生まれるなど、性別・年齢・国境を超えて笑顔を大きく広げ続けています。

表参道のショップ3Fの一角には、「あの人の部屋」と名付けられた展示コーナーが。ワカマツさんが描いたスケッチが展示してあり、定期的に更新されるそう。ファンとのコミュニケーションの一つとして始めたというこんなところにも、人を楽しませたいという想いが滲んでいます。

「気持ちをこめられるものならば、有形無形にもジャンルにもこだわらず、デザインしていきたいと考えているんです。誰かや社会のために僕たちQ-pot.ができることを、Q-pot.ならではのやり方で」

そんな言葉どおり、東京・表参道にQ-pot.の世界観100%のなか “本物以上においしそうなスイーツを、現実化した夢のようなスイーツ(複雑!)”が食べられるQ-pot.カフェをオープンさせたり。Q-pot.のある商品を買うとその商品代金の一部が寄付となり、「好きなものを買って笑顔になることが、誰かの笑顔になっている」というQ-pot.らしいドネーション(寄付)の仕組みを作ったり。
アクセサリーデザインの領域を超えた挑戦にも取り組み、「自分の専門分野以外のことですから、すっごく大変です(笑)」と言いながらも、その笑顔に楽しさが溢れます。

アクセサリーのモチーフといえば当然、宝石や高価なモノ。
男性だったら甘いアクセサリーはつけない。
アクセサリーデザイナーはアクセサリーだけを作るもの。

知らず知らずに身につけているそんな当たり前に目を向けず、「どうしたら自分の手をより多くの笑顔に役立てられるか」を見つめることで、膨らむ夢やアイデアを現実化してきたワカマツさん。

今もきっと何か新しい挑戦を考えていたりするのでしょうか?
最後にそうお尋ねしたところ、少し沈黙したあと「はい、あります」と微笑みながらお返事がかえってきました。まだご本人の胸の中で温めているようですが「やると決めています」ときっぱり。

その様子からは、たくさんのアイデアや現実化させる方法がグラフペンシルですでにノートに書かれているのかも…?
きっと、いえ、必ず現実化されるその日を楽しみにお待ちしております!

ワカマツ タダアキ

アクセサリーデザイナー。モデル活動を経てアクセサリーデザインの道へ。オリジナルブランドQ-pot.を立ち上げ、身に着けるだけで会話と笑顔が広がるチャーミングでウィットに富んだポジティブアクセサリーを次々と発表。特にスイーツをモチーフにしたアクセサリーは、“本物以上においしそう!”な造形や質感がセンセーションを与え、スイーツアクセサリーという新しいアクセサリー分野を確立した。愛らしい世界観と独自のデザイン哲学からなるモノづくりは、アクセサリー製作にとどまらず洋服や空間デザイン、カフェ運営、アニメ作品や企業とのコラボレーション商品の企画・デザインなど多岐にわたる。

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