表現する人々
創作のはじまりには、“描けすぎない”グラフギア1000。YouTuber/イラストレーター・さいとう なおきさん
国民的アニメのカードゲームイラストを手がけるキャラクター絵師にして漫画家、そしてイラスト上達のノウハウを発信する超人気YouTuber…。そんな多方面で大活躍中のイラストレーターさいとうなおきさん。
動画などではデジタルペンシルを握って描く姿を披露することも多いさいとうさんですが、創作のはじまりには、とあるシャープペンの存在が欠かせないのだとか。
20年以上同じシャープペンを愛用し続ける意外な理由や、子どもから大人までたくさんの人たちの心をワシ掴みにする創作姿勢、そして新しい挑戦のお話などなど、“さいとう節”で話してくれました。
01うまいラーメンを作りたいから、グラフギア1000!?
下絵から仕上げまでイラストの制作工程すべてをデジタルデバイスで行う人も少なくない現代。
日本有数の人気イラストレーターとして知られるさいとうなおきさんも、デジタルツールを多用して作品を制作していますが、いちばん最初に描く“大ラフ”は必ずシャープペンを使って手描きをしているそうです。
さらに、その手に握るのはぺんてるの製図用シャープペン「グラフギア1000」というのが学生時代から続く制作スタイル。その愛用歴は何と20年以上!
シャープペンもデジタルペンシルも進化するなか、どうしてそんなに長い間使い続けているのですか?
さいとうなおきさん
「グラフギア1000はほどよい重さがあって、グリップの特徴的なブツブツが指に当たるのが心地よくて、僕にはたぶん描きやすいんでしょうね」
そう答えた矢先…、「って言っておいて本当に申し訳ないんですけど、なぜ使っているかあまり考えたことがないんです(笑)」と正直に打ち明けてくれました。
「これを使っています」と手にしたグラフギア1000は、大学生の時に学校の隣にあった文具店で買ったもの。まったく壊れないため、買い換えることも、ほかの製品を試すこともせずに、今でも使い続けてくれているんだとか。
「ずっとこの一本を当たり前のように使ってきたので、選んだ理由とか、追加でほしい機能とか、あらためて考えたことがなかったですね。日々吸う空気に理由も要望もないのと一緒です(笑)。そもそもぺんてる製品であることすら知らなくて、SNS上で商品名を人から教えられて『そっか、キミはグラフギア1000というのか』と最近知った感じで、なんかすみません!」
いえいえ、空気と思っていただけているなんて、とても光栄です。
グラフギア1000は芯径0.3〜0.9の展開がありますが、さいとうさんの愛用品はブルーがデザインアクセントになった0.7タイプ。シャープペンで最もスタンダードな0.5より、ちょっとだけ太めの線が特徴です。
「そっか、少し太いんですね。なぜぼくが大ラフにシャープペン、それもグラフギア1000を使うのかが今わかりました。“ちゃんと描けない”からです。…って微妙な表現ですね(笑)。さっと軽く描けるけど少し太いから精密に描きこみができないという意味で、“描ける”と“描けすぎない”のバランスが絶妙なんです」
大ラフは頭にあるイメージを外に出して完成図をざっくり掴むためのもので、絵から受ける第一印象を確認したり、ポーズや構図を比べて選んだりする創作の走り出し工程。少し太めの線で手早く、ふわっと軽やかに描いて全体像を確認したいときに、精密に描けるツールを手にしてしまうとつい細部にこだわって描きこんでしまうというのです。
「繊細な線まで描ける細いペンやどこまでも拡大して描けるデジタルペンで大ラフを描くと、勢いがなくなって、絵自体が変わっちゃう。僕の感覚的な話で申し訳ないんですけど、細かく描きこんだ大ラフは固い絵になるというか、バラバラのパーツが組み合わさったものになるというか。例えていうなら、うまい一杯のラーメンを食べたいのに、目の前には、麺、スープ、メンマ、ナルトなど丁寧に作られた食材だけが並んでいる感じ(笑)。」
そんなさいとうさんのSNSでは、たまにグラフギア1000が作品とともに登場します。するとご丁寧に『もっと細かく描けるものがありますよ」とほかの製品を紹介されたりすることも。けれど、さいとうさんはこう思うのです。
「この絶妙な“描けなさ加減”がいいんだよ。すべての食材が一体となったうまいラーメンを作るには、グラフギア1000なの! って何を熱弁してるんですかね、僕は(笑)」
実は「グラフ1000〈フォープロ〉」もメモ書きに愛用しているそう。
02客観でも、主観でも、“これだ”と思える絵を描く
多くの絵師がしのぎを削るキャラクターイラストの世界。
美大生時代にカードゲームのイラストを手がけ、ゲーム会社勤務やフリーのイラストレーターを経て、30歳で本格的にキャラクター絵師の道へ。
個性・世界観・対象ユーザーなどが異なるキャラクターデザインをさまざまに手がけ、長年にわたり一線で活躍を続けるさいとうさんは、どんな気持ちでイラストを世に送り出しているのでしょうか。
「絵をアウトプットするのはある意味でとても狂気的なこと。いろんな条件があり、面倒くさいこともいっぱいある中で描くわけですから、やっぱり最後は『この絵が良い!』と自分の気持ちが強く乗らないといいモノにならないと思うんです」
そのキャラクターが持つ作品の世界観に、まずグッと入り込んで好きになること。自分の内側に“好き”を醸成して豊かに発想していき、そこに客観的視点から調整を加え、最後にその絵を“この絵が好き!!”と自信を持って言えるモノへと昇華させていく。主観と客観を何度も往復して、受け取る人の「好き」と作り手としての「好き」が見事に重なったとき、人の心を掴むアウトプットが生まれるということかもしれません。
言葉でいうのは簡単ですが、そこにはセンス・技術・熱意…本当に色々なものが必要です。さいとうさんは絵をよりよくするためなら、自分の枠を積極的にはみだしていきます。さまざまな表現を見て長所や短所を考えたり、尊敬する先輩や仲間の制作姿勢を試したりすることはもちろん、時には辛辣なコメントをヒントにすることも。
「もちろんムカッとしますし、無視することもありますよ。けど、何か改善につながりそうな意見なら、自分の絵に反映させて試したりしますね。自分とは真逆の考え方を取り入れることで、よりよい絵に着地する可能性は大いにありますから」
03「自分をあきらめる」を手に入れられた幸運
ご存知のように超人気YouTuberでもあるさいとうさん。
YouTubeでは長年かけて習得した絵のノウハウ、上達のコツなどを明るい語り口で惜しみなく伝授しています。
「絵に才能は必要ありません!」
「絵が描けないのは、センスの鍛え方を知らないだけ」
さいとうなおきさんのYouTubeチャンネル
動画をまとめた最新著書のタイトルは、なんと大胆にも『うまく描くの禁止!ツラくないイラスト上達法』。
絵を描くことが楽しくなるさいとう流ノウハウが詰まった、『うまく描くの禁止!ツラくないイラスト上達法』(パイインターナショナル)。
うまくならない、表現するのが怖い、なんでダメなんだろう…。
絵と格闘するうちにいつの間にか置き去りにしがちな「描くことが好き」「絵を楽しむ」という一番大事なことを、さいとうさんの言葉と絵があらためて明るく照らしていきます。
「絵や作品を伝えるために、言葉の力を使って語ることは必要だと考えているので、自分の中でも言語化や発信は意識していますね。ただ、『言葉ではなく作品ですべてを語ることがかっこいい』という価値観も表現の世界にはあります。だから、そういった観点で見れば僕はただただ格好悪いことをしているだけになっちゃうんですよね」
そう照れて笑いますが、イラストレーターYouTuberとして日本一の登録者数の記録を打ち立て、出版不況のご時世に書籍は10万部に迫る勢い。動画のコメントやレビューには、絵を描くよろこびと上達の手応えを手にした人たちからのコメントが溢れます。
「実は以前は話すのが苦手で、特に人前で話すとなると頭が真っ白になって言葉が出てこなくなるくらいだったんです。そんな自分をなんとかしたいとスピーチ教室に通ったことがあって、それでも全然喋れなかったんですけど、ある瞬間から突然話せるようになったんです。それは“自分へのあきらめ”を手に入れられた瞬間。それまではうまく喋らなきゃとか、“自分以上”を出そうとしていたことに気づいて、自分はこれ以上でもこれ以下でもない。今のまま出すしかないし、どうにかなるでしょ。そう思ったらそこから急に喋れるようになっていったんです」
あきらめを手に入れたから自分を表現することが怖くなくなり、そしてそれは絵という表現世界でも同じではないかと、さいとうさんは言います。
「レベルが高くなってくると、プライドゆえに一定以上のものでないと出せないことがあるんです。そういう意味でたぶん僕はプライド低め。だって絵の世界で“雲の上のレベルの天才”を見ていますからね、変なプライドで凝り固まってもしようがない。
どうやっても今の力以上は出ないんですから、“自分以上が出せる、ごく稀なラッキー”を待っていたって何もできないという気持ちがすごくあります。だから絵を描くみなさんも、まずは楽しめばいいじゃん!って思っています」
“『喜び』も『悲しみ』も『怒り』すらも全部絵に変換できるので、表現者は最強です”
過去にそうSNSで投稿したことのあるさいとうさん。
「僕なんて絵がなかったら、ただの変な人間ですよ。僕は知人から自己肯定感が高めと言われるんですけど、肯定してるんじゃないんですよ。ただあきらめているんです、自分を(笑)」
04夢中の先には、“すげぇこと”が待ってるはず
幼い頃、ドラゴンボールの孫悟空を描いては友達をよろこばせていたさいとうさん。
ずっと心に棲みつき、人生の局面でちょいちょい顔を出すのが『ドラゴンボールZ』の主題歌のこの一節です。
「夢中になるモノが、いつか君をすげぇ奴にするんだ」
さいとうさんがいま夢中になっているモノがアクリル画制作です。
美大時代からほとんどアナログ作品の制作経験がないというのにまたどうして手描きの作品を?
「アーティストの村上隆さんからのムチャぶりです。ある日突然、ご本人からSNSに直接メッセージがきて、展覧会を開くからそこでアクリル画を発表しない?と。まず連絡自体に驚いたし、アクリル画を描いたことがないから断りたい気持ちもあったけど、つい『やります』って言っちゃいました(笑)」
唐突な声がけのきっかけは、村上さんが人気YouTuberのマックス村井さんの動画で壁画を描くさいとうさんを見たからだそうですが、なんと、その壁画自体もマックス村井さんから突然いわれた末の初挑戦。
ムチャぶりがムチャぶりを招く謎展開ですが、村上さんからは展覧会に加えて個展を開くようにとさらなるムチャぶりが。今は2025年春の開催に向けアクリル画制作に取り組む日々です。
イラスト制作とYouTube配信ですでに多忙な中、アナログ制作への挑戦が加わり、まさにてんやわんや!
「新しいことを始めるたびに生活が一変、クラッシュ&ビルドしているような感覚です。以前はPCまわりの一畳ぐらいの空間ですべて完結していたのに、画材やキャンバスがどんどん増えてアトリエが手狭になるわ、時間はどんどんなくなるわ……。でも、僕、ムチャぶりが嫌いじゃないんですよ(笑)。『迷ったら危険なほうへ行け』みたいな刷り込みがあって、つい受け入れがちです。行きたくないなと思いながらどんどん自分が危なくなる方に行っちゃうんですよね」
大変すぎて何やってんだろうなと思う時もあるさいとうさんですが、夢中になれていますか?そう聞くと「はい!」と即答してくれました。
では、夢中になったその先には、きっとすごいことが待ってるんですよね?
「だといいんですけどね。待ってなかったら悟空に文句いいますよ、思いっきり(笑)」
さいとう なおき
YouTuber・イラストレーター。1987年山形県出身。多摩美術大学在学中よりWEB上でイラストを発表し、在学中からカードゲームのイラストなどを手がける。卒業後はゲーム会社勤務・フリーランスのイラストレーターを経てキャラクター絵師に。ゲーム『ドラガリアロスト』のメインイラスや、人気カードゲームのイラストなどを数々手がける。近年は創作のコツを発信するYouTuberとしても絶大な支持を集めており登録者数は60万人以上。またアクリル画制作、壁画制作などアナログ作品にも挑戦し、表現のフィールドを広げ続けている。