ぺんてるモノ物語

大人のための、もう一度描きたくなるクレヨン。「アートクレヨン」誕生までの軌跡。

大人のための、もう一度描きたくなるクレヨン。「アートクレヨン」誕生までの軌跡。

2023年11月、ぺんてる初となるクラウドファンディングの挑戦がスタートしました。

【日常生活にアートを】柴崎春通さん×創業77年の画材メーカー・ぺんてるが挑む、大人が描く自由を取り戻すための「アートクレヨン・プロジェクト」

「アートクレヨン」は、子どもの頃は夢中になって絵を描いていた人も、大人になると、なかなか描こうとはしなくなる──描く自由を失っている、この現状を変えたいという想いから、「大人が自由に描く豊かさを取り戻す」ことを目標に生まれた新たな画材。セット色数はわずか8色でありながら、描き出される作品は、これがクレヨンで描かれたもの!?と驚くものばかり。監修者に水彩画家・美術系YouTuberである柴崎春通さんを迎え、さまざまな対話を重ねながら、一歩一歩、完成まで歩みを進めてきました。
今回は、そんな未知のプロジェクトに挑んだメンバーのみなさんに話を聞きました。

アートクレヨン担当メンバー

写真左から

  • マーケティング担当/堀江
  • デザイン担当/三島
  • 企画担当/大森
  • 開発担当/三浦、黒沢

01「なぜ、大人のためのクレヨンを作らないのか」、つくり手の意識を180度変えた監修者柴崎先生の言葉。

プロジェクトの発端は2022年2月。ぺんてるくれよんを使い、油絵さながらの重厚感たっぷりな絵をYouTubeの動画で披露した、“おじいちゃん先生”こと水彩画家・美術系YouTuberの柴崎春通さんの元を訪れたのがきっかけです。

「ぺんてるさんは、なぜ、大人のためのクレヨンを作らないんですか?」

柴崎先生から投げかけられたこの言葉が、後にプロジェクトの発起人になるぺんてる社員の心を突き動かしました。思い返してみると、ぺんてる社内でも「クレヨン=子ども向け」という考えが当たり前の常識として定着していたのも事実。ハッとさせられた瞬間だったといいます。

 

世界を驚かせた「おじいちゃん先生」が教える、表現の楽しさ。水彩画講師・柴崎春通さん

大森学童画材というカテゴリーがぺんてるの中にあって、そこに注力して製品づくりも営業もしてきた経緯があるので、先入観は持ってしまっていましたね。自分自身の経験からも、大人になってクレヨンを手に取らなくなったなという実感も、残念ながらありましたし…。

小学校などでもお馴染みの「ぺんてるくれよん」

三浦大人向けの製品としては、「ヴィスタージュ」というシリーズで大人の水彩パステルや水彩スティックがあるので、大人向けの画材を考えていなかったというわけではないんです。けれど、柴崎先生から言葉を投げかけられたことで、別の視点もあるんじゃないかと思うようになりました。

黒沢柴崎先生のYouTubeの動画を見て、クレヨンでこんな絵が描けるのか!?と衝撃を受けました。クレヨン=子ども向けの画材と規定することはよくないな、と。自分の中でもガラッと考えが変わりましたね。

「ぺんてるクレヨンをプロの画家が使い倒すとどうなるか?! 柴崎 水彩画家」

とある調査ではぺんてるという社名を見た時に「懐かしい」というイメージが想起されるという結果も。幼少期に親しんだ画材メーカーとして記憶に残っていることは、企業として大事なこと。しかし、そのイメージにとどまっていてはいけません。今回のアートクレヨン・プロジェクトは、新しいぺんてるの一面を印象付けるきっかけにもなったようです。

ターゲットは「大人」ということですが、具体的にはどんな大人の方なのでしょうか。

大森私自身、小さな子どもがいて一緒にお絵描きをしたりするんですが、自分のためだけに絵を描くか、と言われるとなかなか……。そんな自分のような「描いてみたいけど、描けていない大人」も対象になると思っています。

企画担当 大森

堀江私も絵を描くとなると、どうしても業務の延長線上になりますね。担当した画材を使って描くなど、それくらいでした。絵を描くこと自体は好きですけど、苦手意識があるので……。

マーケティング担当 堀江

昔はよく絵を描いていたけれど時の流れとともに描くことから離れてしまった人、本当は描くことが好きだけれど苦手意識を持ってしまった人など……。そんな大人のみなさんが「もう一度、描いてみたい」と思える画材、それがアートクレヨンなのです。

02混ぜて、塗り広げて、重ねて、描く。多機能を実現するために乗り越えたいくつものハードル。

2022年春の柴崎先生との出会いをきっかけとして、実現に向けて動き出したアートクレヨン。その後、柴崎先生にはぺんてるの茨城工場へもお誘いし、技術者との対話もしていただきました。柴崎先生へのヒアリングを行い、多くの対話を重ねる度に、課題が次々に出てきたといいます。そして2022年8月、1色だけの試作品が完成。高評価をいただくことができました。

茨城工場を訪れ、実際の製造現場を見学する柴崎先生

今回、開発ハードルがかなり高かったとお伺いしていますが、どのあたりが?

三浦柴崎先生からは当初より「彩度が高く、混色をしたり、いろんな技法を使って、どんな色でも作れるような色味を」という要望をいただいていました。混色というのは、一般的にはパスという製品が得意な技法。一方でクレヨンというのは、色を重ねる重色が得意です。ぺんてるでは、その二つの特長をパスとクレヨンで使い分けていたのですが、2023年6月に一回目のプロトタイプを柴崎先生のアトリエにお持ちした際には、「パスの特長を残しながら、クレヨンのような使い方ができたら」という新たなお題をいただきました。

開発担当 三浦

黒沢パスでも重色というのはできないわけじゃないんです。ただ、いっぱい重ねたい時に重ならない。パスとクレヨン、どちらの特長も持ちつつ、従来品よりも厚く塗り重ねられるという点が、開発でも新たな課題でした。

「混色」は、技術面でどう実現させているんでしょうか?

三浦決め手は、配合です。そもそもクレヨンとパスの材料はほぼ共通ですが、油分が多いのがパスで、ワックス分が多いのがクレヨンです。今回は本来ならば別々の性能を持つ二つの製品の良いとこ取りをして、少し柔らかめに仕上がるよう配合しました。

黒沢アートクレヨンは8色でいろんな表現ができるところが肝です。混ぜたり、ぼかしたりしながら、淡い表現やニュアンスのある中間色の色味も出すことができます。

アートクレヨンで描かれた柴崎先生の作品

伸びの良さ、なめらかな描き心地もとても印象的です。

三浦ありがとうございます。そう感じていただけたらうれしいです。描いた時のタッチで言うと、今回は今まで使ってこなかった新しい素材を配合しているんです。なので、これまでのパスやクレヨンとは違う伸び具合を感じられると思います。従来よりもしっとりするよう調整をしたことによって、より混色しやすくなっています。

堀江私も実際に試してみたんですが、混色をするときに本当に伸びがよくて、混ぜていて楽しい。指で混ぜるのに抵抗がある人は、綿棒で混ぜてみるのもいいかもしれないです。指で混ぜるのとはまた違った伸び感を楽しめます。

色同士を混ぜ合わせる「混色」

黒沢今回このなめらかな描き心地を実現するにあたって、これまでの評価基準とは異なる部分もあったんです。たとえば、従来品よりも多少折れやすくなってしまうとか。ただ、混色・重色どちらも叶える配合にすると、その辺りの弱みはどうしても出てきてしまうんです。ぺんてるは今まですべての条件を満たす品質の製品を良しとしてものづくりをしてきたんですが、今回は柴崎先生の要望にお応えすることに特化して、明確な個性を持ったものづくりに挑みました。

開発担当 黒沢

三浦柴崎先生が工場見学にいらっしゃった時の言葉がとても印象的で。平均的なものを作ってしまうとできないことの方が目立ってきてしまう。「それよりは、弱みがあっても飛び抜けた表現ができることが大切」とおっしゃっていて。多少従来品よりも折れやすいとしても、折れてしまったら折れた面で広く塗るという使い方もできるし、手が汚れるならば洗えばいい。使う人の表現で補い合えればいい。従来基準とはズレる部分があっても、これでいいのだと思えました。

表現者のクリエイティビティを引き出してくれるアートクレヨン──。
画材によって表現の可能性を制限されることなく、表現者のアイデア次第で、こんなことも、あんなこともできるかもと表現するよろこびを無限に広げていってほしい。そんな柴崎先生の表現者としての願いが、今回のものづくりを大きく広げてくれました。

混色に加え、重色ができるようにするというのは開発面で苦労されましたか?

三浦色を重ねる重色については、先ほどお話ししたようにワックス分が必要です。こちらもまた原料の配分が肝で、多すぎると混色ができなくなってしまうのでその辺りに気をつけながら、色ごとに配合を変えました。

下地の色の上にさらに色を重ねる「重色」

大森色ごとに変えているんですか?

三浦はい、大きくは2パターンですが、その中でも微妙に配合を変えています。どちらかというとこれまではクレヨンでも全色“描画性能に差が出ないように”というつくり方でしたが、それだと混色と重色の両方をかなえるのは難しいので、色ごとに配合を変え、明るい色が暗い色の上にのりやすくするなど工夫しています。重色ができると、暗い色の上に明るい色を塗っても沈まずに発色がよいまま描けます。ハイライトのような技法もしやすくなるんです。

黒沢柴崎先生から “明るい色がのりやすくしてほしい”と要望をいただいていました。と言うのも、プロの水彩画家の方は絵を描く前に大体キャンバスのどこにどの要素を描くかを計算しながら描いていくので、暗い色の上に後から明るい色をのせるというのはあまりないようなんです。暗い色に明るい色をのせると、どうしても色が沈んでしまうので。しかし、今回は一般の方にも広く使っていただきたいということで、全体を描き進めた後からでも、暗い色に明るい色をのせられるようにという柴崎先生ならではの配慮がありました。

柴崎先生の自宅兼アトリエを訪問した際のワンシーン

三島なるほど。確かに、それなら描きたいままに描いていけますよね。

黒沢たとえば、バーっとブルーで空を塗った後に雲を描きたくなったときや、茶色で土を塗った後にそこに花を咲かせたくなったとき。そんなときにこの重色が活きてくるんです。

三浦油絵の技法の中にも、暗い色をのせてから、その上に少し明るい色をのせると深みのある色になるという技法があるようです。色が重なるから、奥行きが出る。そういう本格的な絵画技法もこのアートクレヨンでは可能になっています。ここは、今回自信を持っておすすめできる点ですね。

03技術と経験の積み重ね。新たな挑戦も、ぺんてるだからできるものづくり。

開発面からも、今回はチャレンジングな取り組みだったと思うのですが。

三浦担当者としてはかなり取り組みがいのある課題でした。でも、新しいアプローチだからといって一からまっさらな状態でやったわけではないんです。これまでぺんてるで開発に携わってきた先人たちの試行錯誤の記録とも言える「配合設計書」があるので、それを見て日々勉強したり。その中に今回の配合につながるヒントを見つけることもありました。

黒沢過去のデータから、傾向を読み解いていくというのは、経験の積み重ねで実現できるところ。とはいえ、そこから完成形に持っていくのには、開発者個人のセンスと地道な努力が必要です。三浦さんが何回も配合を試して、失敗して、を繰り返したからこそたどり着けた配合設計だと思ってます。

大森私は三浦さん・黒沢さんたち開発の方々と密に連絡を取り合っていたんですが、ある時期どの時間に電話をかけても「三浦さん、製造現場立ち会いのため不在です」と言われて、文字通りかかりっきりになっているんだな……!とその意気込みを感じていました。

三浦方向性が決まってから、量産試作をするまでの期間が2ヶ月と短かったので、日々格闘でしたね。でも、柴崎先生が抱いているアートクレヨンの理想の姿が明確だったので、「どうしよう」ではなく、「どうやろう」という視点で前向きに開発に取り組めました。他の画材では配合を変えて400回くらい試作品づくりをすることもあるのですが、アートクレヨンでは70〜80回で完成に至りました。それも、柴崎先生が明確なビジョンを持ってくださっていたおかげです。

最適な配合を目指し製作したプロトタイプ

鮮やかな発色を実現するために、ぺんてる独自の製造技術も活かされていると聞きました。

三浦ぺんてるには色の素となる顔料を他の原料と均一に混ぜ合わせるための高度な技術があります。狙いの色を出すためには、ただ材料を入れても顔料の粒が均一ではないので、なかなかキレイな色は出ません。ホットケーキの粉をイメージしてもらえばわかりやすいと思うんですけど、粉と水を混ぜ合わせるときにダマになったりしますよね?あれが残ってしまうと鮮やかな色にはならないんです。

黒沢粒が大きければそこに陰影ができて色が暗く沈む。逆に粒が均一で小さければ、色が鮮やかにキレイに見えるという原理です。この顔料の粒を小さくするのが難しいのですが、ぺんてるが培ってきた技術で可能になっています。

そもそも、なぜ柴崎先生は鮮やかな発色を大事にされていたんでしょうか?

三浦混色をする時に、元の色の彩度が低いと、混ぜ合わせても鮮やかな色が作れないんです。彩度が高くて、濃い色のものであれば、それは白と混ぜれば彩度の高い明るい色が作れます。だから今回の8色のラインナップの中に、一つでも彩度の低いものがあってはいけない。それがあることでそれ以上の表現ができないからと。この視点は、実際に使う方の、プロの色彩感覚だなと勉強になりました。

04ユーザーとともに生み出していく。もう一度、ぺんてるらしいものづくりを。

かつて、ぺんてるでは創業者である堀江幸夫がアーティストとともに数々の新製品を世に送り出していきました。ユーザーと繋がり、そこから新たな製品を生み出すというものづくりが息づいていたのです。そのため、今回のアートクレヨンはぺんてるにとって「原点回帰」ともいえるプロジェクト。柴崎先生との対話は、もちろんパッケージデザインにも大きな影響を与えていきました。

パッケージにはアートクレヨンで描かれた猫ちゃんの絵がほどこされていますね。こちらは当初からの案だったんでしょうか。

三島当初は社内プロジェクトチーム内でどんなモチーフにするか検討していました。アートを日常にというテーマから、簡単に誰でも描ける、または描いたことがあるような、たとえばリンゴとかそういったモチーフがいいんじゃないかと。

大森そうでしたね。

三島でも柴崎先生がおっしゃっていたのが、誰もが描ける対象というよりは、アートクレヨン8色で描いたと聞いた時に驚きがあること。そして、パッと見て目を惹く、一つの作品としてパッケージを捉えることが大事だと思いました。

デザイン担当 三島

なるほど。だから今回は“飾れる”パッケージなんですね。

三島もちろん検討段階では、いわゆる一般的なパッケージデザインという案も考えました。でも、やっぱり今回はこれまでとものづくりのアプローチも違うので、ならばパッケージもアートクレヨンを実際に使用したアート作例がいいんじゃないかと。

堀江“アートを日常に”という想いも今回狙いとしてあるんですが、そういう視点で単純に見て可愛いとか、描いてみて楽しいとかそういうところからアートを日常に感じてもらえるパッケージですよね。

パッケージの原画となった猫のラフ画

三島今、店頭の画材売り場を見ると、いかにもプロ向けといった重厚感のあるパッケージか、または子ども向けのかわいらしいモチーフが描かれたパッケージに二極化しています。でも、いざ大人になってまた絵を描いてみようと思った時に、そのどちらも自分のものではないと感じてしまうと思うんです。プロじゃないけど、子どもじゃない──そんなふうにどちらともつかない、宙ぶらりんになっている大人に届くように、パッケージにも親しみやすさ、飾るだけでも楽しいという思いを込めました。

アートクレヨンを手に、描くことはもちろん、その前段階である、パッケージを目にした時、さらには箱を開けた時の感動までもデザインする。今回のアートクレヨンには、アートと出会うよろこびが、至るところに込められています。

三島箱を開けた時の感動もデザインしてほしいという柴崎先生のリクエストもプロジェクトチームで結構揉みましたよね。クレヨンを扇形に配置したのもそうですし、たとえば、この色の並び順。どこかいつもと違うと思いませんか?

大森普通のクレヨンは色相環順に並んでいるんですよね。

三島この並びも柴崎先生からアドバイスをいただいて、それぞれの色が一番引き立つように並んでいるんです。隣同士が補色になるようにと。

ピアノタッチで手が汚れず簡単にクレヨンを取り出せる

パッケージ形状もいくつかの条件で検証を重ねた

最後に、今回のアートクレヨンのおすすめの楽しみ方を教えてください。

三浦最初から絵を描くのはハードルが高いかもしれないので、まずはなんでもいいので塗ったり、線を描いたりしみてほしいですね。今回タッチ感の部分は、かなり頑張ったところなので、ぜひ描き心地を楽しんでみてください。

大森そうですね!本当に手がどんどん進んでいくようなタッチ感で、ただ模様を描いているだけでも楽しい。まずはそこから入って、描くことに抵抗がなくなってきたら、塗り絵を楽しんでみたり、最後には自分で表現を楽しんでもらうところまでしてもらえたらうれしいですね。

堀江描くキャンバスも、白い紙だけにとらわれないでほしいですね。黒い紙でもいいですし、クラフト紙でもなんでもいい。特に混色するときに、トレーシーングペーパーの上で伸ばしたら伸びが良かったので、おすすめです。

プロジェクトのこれまでを振り返り、「大変だった」と一様に語っていたプロジェクトメンバー。でも、その表情はどこかイキイキとしていて、新しいものづくりを心から楽しんでいる様子が伺えました。これからアートクレヨンをどう育てて、広げていくのか、楽しみです。
みなさんもぜひ、アートクレヨンを手に、もう一度描いてみませんか?

あなたもアートクレヨン・プロジェクトに参加してみませんか?

アートクレヨン・プロジェクト