ぺんてるモノ物語
書いた瞬間WOW!“書きごこち”という概念がボールペンになるまで。「FLOATUNE」誕生秘話
“なめらかな書き味”がキーワードとなっている昨今。次世代のボールペンの開発を目指してスタートした本プロジェクト。紆余曲折を経て辿り着いたのは、思わずWOW!が飛び出すような“究極の書きごこち”を実現した新カテゴリーのボールペンでした。「FLOATUNE<フローチューン>」は、どのようにして生まれたのか。そしてプロジェクトメンバーは“書きごこち”という抽象的な概念を、いかにして製品に落とし込んでいったのか。製品発表までに関わった社内関係者の数は過去最多!?という社運をかけた一大プロジェクトについて、お話を伺いました。
FLOATUNE担当メンバー
写真左から
- 開発担当(チップ)/太田
- 開発担当(インキ)/間宮
- 研究担当/清水、関口
- マーケティング担当/伊藤
- デザイン担当/柴田
01孤高の存在となる新たな名品を生むために。 目指すは数値では比較できないここちよい書きごこち。
便利さや手軽さを追求し続けていく時代の流れにおいて、ボールペン市場もまた、機能性を追求した熾烈な戦いを繰り広げています。そんななか、ぺんてるでは別の角度から市場に挑もうと“次世代のボールペン”を目指したプロジェクトが発足します。各社からさまざまなボールペンが登場するなかで、果たして新たなボールペンを誕生させることはできるのでしょうか。
どのような経緯でFLOATUNEは開発されたのですか?
柴田ボールペン市場の熾烈な戦いの中でぺんてるとしても生き残っていくために、今までにない新たなボールペンを生み出すべく、プロジェクトが立ち上がりました。2017年にプロジェクトメンバーが参加した合宿があり、そこから本格的にスタートした感じですね。まったく新しいプロジェクトのため、まずは次世代のボールペンには何が必要なんだろう…というところから議論しました。
デザイン担当 柴田
伊藤そのなかで出てきたものが「〇〇よりもなめらか」といった他製品との比較ではなく、「絶対的にいいものを作りたい」っていう気持ちだったんです。それを表現する言葉として、使った人が思わず「WOW!」と驚いてしまうようなものを目指そうというのが今回のプロジェクトテーマにもありました。
柴田当初は、速乾性・鮮やかさ・なめらかさなどのボールペンのインキの機能に何をプラスすればいいかという話からスタートしました。ですが、何かを付加しようとすると、絶妙なバランスが崩れてしまうんですよね。それに、そもそも綺麗に書けるとか使いやすいといった機能面を訴求する製品が多いなかにあって、果たして今以上に綺麗に書けることが必要なのかということも考えましたね。
伊藤負荷のかからないモノや軽いモノが求められている世の中の流れのなかで、なめらかさというものを数値やアンケートだけで追求していくと、それは単にツールとしてのボールペンになってしまうんですよね。なめらか選手権の1位を取るみたいな。
マーケティング担当 伊藤
柴田だからこそ、筆記というアナログの動作のなかでの大事なことや使い方を考えたところ、とにかく“アウトプットを阻害しないこと”に行き着いたんです。頭の中にあることが瞬時に書けて表現できる。思いのままに表現できるような書きごこちのよさを追求することにしたんです。
伊藤自分の気持ちのもっと奥にある潜在的なことだったり、無意識に考えざるを得ないような課題だったり。もっと大袈裟にいえば、生き方そのものを自分の中から引き出してくれるようなストレスフリーな書きごこちのボールペンですよね。
柴田そうそう。その書きごこちにフォーカスを当てようというところから、ようやくプロジェクトの方向性が決まりました。
清水プロジェクト発足から1年後の2018年に、プロトタイプとなるインキのサンプルができあがって、既存のボールペンとはまったく違う、新たなインキができました。実は、もともとはエナージェルの新シリーズとしての発売を想定していたのですが、このときに「この書きごこちなら新たなブランドでやった方がいいんじゃないか…」という話が出てきて。
研究担当 清水
柴田そういえば、そのインキのサンプルを、日本に出張に来ていたアメリカ人社員に何も言わずに渡してみたところ「WOW!WOW!」って言っていて。
清水本当に「WOW!」って言うんだと思いましたよね(笑)。
柴田(笑)。あの反応を見た瞬間、方向性は間違っていないんだと確信を得ることができました。
ボールペンの機能面ではなく使い手の書きごこちに焦点を当てた結果、他製品との比較ではなく孤高の存在としてあり続ける新ブランドとして開発を進めることになった本プロジェクト。方向性が定まった後、まずはネーミングの考案から着手しました。
02ネオ、ウルトラ、ヌルサラ…!? キーワードやコードネームが飛び交う開発現場。
思わず「WOW!」と言ってしまうという抽象的な製品イメージを、どのようにみなさんで共有したのですか?
柴田今回の製品の書きごこちを具現化するときに、メンバー間で方向性を一致させたいと思ったので、まずは例えられるキーワードを絵や言葉で出してもらいました。
伊藤「すごい」「最高峰」「ネオ」「ウルトラ」といった言葉から、タッチ感を表す「ヌルサラ」「ツルスラ」といった造語も出てきましたよね。
柴田自動的に動き出すけれどもコントロールがきくといった意味で「セルフスケーティング」「アクセル」「スプリント」「グライド」といった言葉も出てきましたね。ほかにも、空を飛ぶ感じ、自分が魚になって泳ぐ感じといったいろいろなイメージが出てきたので、このなかから共通することを探っていった感じです。
デザイン時のラフ。「グライダー」や「スケート」のイメージが書き込まれている。
ここから出てきたものが、キャッチコピーにもある「浮遊感」なのでしょうか?
伊藤浮遊感という言葉はもう少し後ですよね。
柴田FLOATUNEの書きごこちをお客様に伝えるためのキャッチコピーとして、最後の最後に出てきたものが浮遊感です。みなさんが出してくれたイメージを元に数えきれないほどのネーミング案を出したうえで、製品デザインにおいてはグライダーやスケートのように、何かに乗って動き出すようなイメージをシルエットに落とし込みました。ある意味、このボディの形こそFLOATUNEらしさだと思っています。
柴田あとは筆記の邪魔にならないよう、ノイズレスなデザインを採用しています。視覚的・触覚的な部分で書きごこちを阻害しないよう全体的に凸凹のないデザインにしているので、ボール径や色の情報も横からだとほとんど見えないんです。
伊藤クリップを一体化させたところも、こだわりですよね。
柴田クリップが本体の軸から生えているようなイメージなのですが、これは新しくチャレンジした部分ですね。クリップは胸ポケットに刺したときにボールペンの顔となる部分なので、一目見てFLOATUNEだとわかるような表情のある形にしました。
柴田そしてもうひとつは、下に行くほど太く重く見えるような配色と形状にしています。実際には一般的なペンとして使いやすい軽量設計なのですが…、この見た目での低重心な印象が安定感や安心感につながり、そこもここちよい書きごこちを助けるひとつになるかと思います。
インキの研究は、どうやって完成形のイメージを共有していたのですか?
清水今回の製品は水性・油性にとらわれず、書き味を優先して研究を進めていたのですが、サンプルを作るなかでは「どちらかといえば水性寄りかな?油性寄りかな?」と感じるので、じゃあこれをなんと呼ぶのか…と。そこでコードネームのように、ツル1、ツル2、ヌル1、ヌル2という風に呼んでいました。
関口水性のようにツルツルとしたインキがツルで、油性のようにヌルヌルとしたイメージのものがヌルです。
清水そんななか、ついに目標としていた、思わず「WOW!」と言ってしまう理想の書き味に到達した「ヌル3」というサンプルができたので、この書き味をベースに、書き味以外の品質もクリアするインキを目標に研究を進めていきました。そのためFLOATUNEという言葉が出るまでは、研究所だけでなく企画会議のなかでも国内向けの製品に関しては「ヌル」という愛称で呼んでいましたね(笑)。
企画、研究、開発、デザインなどが同時進行するプロジェクトのなか、共通認識となる言葉が続々と誕生した模様。数値ではなく言語化した概念をベースに製品化を進めていくという極めて特殊な方法ですが、7年がかりのプロジェクトの背景には、部署同士の密な連携が。普段とは少し異なる開発プロセスの面からもFLOATUNEを紐解いていきます。
03プロジェクトの進め方が成功の鍵? 大所帯でも思い通りのカタチに仕上がったワケとは。
大変だったこと、印象に残っているエピソードを教えてください。
関口紆余曲折あったものの、個人的には大変だとは思わなかったですね。今回は研究と開発を並行して行う「コンカレントエンジニアリング※」という手法で進めていたことも大きかったと思います。
※コンカレントエンジニアリング(Concurrent Engineering)は、製品開発におけるアプローチの一つ。各部門の担当業務を終えたら後工程にバトンを渡して進める従来型とは異なり、製品設計、試作、設計変更、製造準備などのプロセスについて情報共有しながら同時並行で進めるスタイルのこと。
研究担当 関口
間宮普段の研究開発スキームだと、研究所で完成したインキを、私たち開発が引き継いで量産化するのですが、今回は一緒に研究開発ができたので心強かったです。やはり研究所の方が技術的なことを熟知しているので「量産化では、このあたりが問題になってくるんじゃないか…」といったアドバイスをもらえたのもよかったですね。
開発担当(インキ) 間宮
関口研究所は埼玉県の草加工場にあり開発部門は茨城工場にあるので、研究所のメンバーはシフト制で草加〜茨城間を車で往復して…。片道2時間のドライブが続きましたが、それもまた普段と違う経験で楽しかったです。
清水私はこの頃には関口さんに引き継いだ形になるのですが、スケジュール感に関してはコンカレントエンジニアリングだからこその大変さがあったんじゃないですか?
関口そうですね。一からインキを作るという、先が見えにくい仕事であったものの、今回は大枠のスケジュールが決まった状況で動かなければならなかったので、どう落としどころを見つけるかは難しいポイントでした。普段よりもプレッシャーがあったと思います。
インキとチップは、いつごろから連携を取っていましたか?
関口わりと最初の方からですね。インキがあってもチップがないと書き味が分からないので「こういうチップが欲しいなぁ…」というのは初期のころから言っていたかと。
太田とはいえ、本格的に動き出したのは2020年くらいですかね。今あるチップを組み合わせながらFLOATUNEのインキに合わせて作っていったのですが、当初は「WOW!」とか「ヌル」という言葉やイメージが先行していたので「ヌルってなんだろう…」と(笑)。自分の中でイメージを掴むことが難しかったです。
開発担当(チップ) 太田
関口インキの量産化ができたところで、一緒に動いていきましたよね。
太田最初はエナージェルをベースにチップを作ってみたのですが、いくら粘度の低い油性インキとはいえ、水性のエナージェルベースのチップにあてはめても、そのままではうまく浮遊感のある書きごこちは出ませんでした。
関口FLOATUNEのインキは浮遊感を出すために、今までないほど低い粘度にすることで、金属同士の接触を和らげるような設計にしています。
太田だからこそ、その設計のインキがスムーズに出るように「オーバーフローイング技術」というのを採用したんです。
「インキがなみなみと流れるオーバーフローイング技術」と「特殊なインキのクッション効果」により“浮遊感のある書きごこち”を実現。
清水泉のようにインキが湧き出るイメージですよね。
さまざまな部門の人が参加し、全員がバラバラの場所にいるなかでの連携は大変だったのでは?
柴田草加工場にプロジェクト専用の部屋を作り、そこに各部門の人たちが月に2回集まりました。専用部屋ができたのはぺんてるでは初のことなので、それだけ社を挙げたプロジェクトだったということですかね。
清水各部門のエキスパートの方たちや代表者が集まることで、普段よりも意思決定がスピーディーに行われたのは大きな収穫だったと思います。
柴田普段は離れた場所で働いている人たちと気軽に話ができたので、新しいことにチャレンジしやすい雰囲気もありました。
太田「WOW!」や「ヌル」のフィーリングから製品という形になったのはすごいことですよ!
そんなみなさんの思いが詰まったFLOATUNEですが、どんな人にどんなシーンで使ってもらいたいですか?
関口私はシーンや人を選ばず、身近なモノとして使ってもらいたいですね。ペンを手にしたときに「あ、書きごこちがいい!」と思ってもらえれば。
間宮私は良いと思ったボールペンをずっと愛用するタイプなので、これまでのボールペンからFLOATUNEに乗り換えてもらいたいなと。自分が「絶対にコレ!」と思っているモノを新しく変えるタイミングは難しいと思うのですが、FLOATUNEにはそれだけのポテンシャルがあると感じています。
清水ストレスなく書けるので、アイデアをメモするときにもいいですよね。
伊藤クリエイティブツールのような要素を持っているボールペンなので、事務用品というイメージから脱却できたらいいなと。落書きでもメモ書きでもなんでもラフに書ける新しいジャンルのボールペンです。
柴田落書きというのは僕もイメージしていました。人は書いたものに意味を持たせようとしがちですが、FLOATUNEの書きごこちは人がここちよくリラックスして何かをやるためのものですから。アウトプットする内容よりも、その先にある人の気持ちだとか、そういうところに繋がればいいと思います。
伊藤書きごこちがいいことによって、頭の中で考えていることだけでなく、なんとなく思い浮かべていたことまで、どんどん書き出していけるような効果があると思っています。
柴田もっといえば、頭の中になかったことまでね。
全員(笑)。
清水あの、最後にひとついいですか…? 今回、我々は代表としてインタビューにお答えしているわけですが、FLOATUNEは基礎研究から数えると7年以上という長い期間をかけて誕生した製品なので、非常に多くの社員が携わっているんです。
柴田プロジェクトに関わった延べ人数は、おそらく過去の製品のなかで一番多いですよね。
清水定年を迎えて途中で辞められた方や、別のプロジェクトに移った方もいるのですが、そういったみなさんの協力があったからこそのFLOATUNEです。この場を借りて感謝の気持ちを伝えたいと思います。本当にありがとうございました!
「WOW!」という抽象的な概念が多くの部署をまたいで駆けめぐるなか、それぞれの頭の中でイメージを共有することができたのは、ぺんてるが培ってきた技術だけでは語れない“何か”があるのでしょう。
ようやく製品が完成した今、次なるミッションは、この書きごこちをどう消費者に伝えるか。データでは表現できないストレスフリーな“浮遊感”ある書きごこちとは一体どんなものか、ぜひ店頭で試してみてください。思いもよらない言葉や絵が、指先からスルスル出てくるかもしれません。