表現フィールドリサーチ

日本橋の街を彩る壁画制作の秘話!対照的なふたりのアーティストが見つけた表現するよろこびとは ~ABEYUKA.×Ono対談~

日本橋の街を彩る壁画制作の秘話!対照的なふたりのアーティストが見つけた表現するよろこびとは ~ABEYUKA.×Ono対談~

2024年6月、ぺんてるによる新たな公募プロジェクト「Pentel × Mural Rookies Project」が始動しました。製品を通じて“表現するよろこび”を伝えてきたぺんてるが、次なる表現の場として期待を寄せているアートシーン。それが「ミューラル(壁画)」です。

世界での活躍を望むアーティストが、経験を積む機会として壁画を描く本プロジェクト。その1期生に選ばれたのは、現代アートの世界で活躍するABEYUKA.さん(写真右)。似顔絵師としての道を皮切りに幅広くアーティスト活動を続けてきたOnoさん(写真左)です。異なるアート分野を歩んできたおふたりに、参加のきっかけから作品に込めた想い、プロジェクトを通しての気づきなどを語っていただきました。

01<Pentel × Mural Rookies Project>

1946年の創業以来、人々の想像力や創造性をはぐくんできたぺんてるが、創業の地・日本橋からはじめるアート・プロジェクトの一環として壁画スペースのあるアートホテル「BnA_WALL」などを運営するBnA、国内外の数百におよぶ壁画を制作してきたTokyoDexとともに立ち上がったプロジェクト。本プロジェクトは、世界での活躍を目指すアーティストに壁画アートの経験を積む場を提供し、日本の壁画アートシーンの振興に寄与するものとなることを目指している。

2024年6月に第1回目の公募を開始し、応募総数200名以上の中から2名のアーティストを選出。描かれた作品はともに日本橋の各施設にて期間限定で一般公開された。

※2024年11月現在、作品の公開は終了しています。

ぺんてる公式「Pentel for artists」Instagram

02静と動の2人が織りなす、それぞれのアート。

プロジェクトの舞台となったのは、歴史・文化・商業が交差する日本橋エリア。アートホテル「BnA_WALL」の地下アトリエに設けられた6m×6mの壁。そして、クリエイターに表現の場を提供するコンセプトビルディング「THE A.I.R BUILDING」の通路脇8.5m×2.8mの壁が今回のキャンバスです。

BnA_WALL

THE A.I.R BUILDING

めでたく1期生に選ばれたABEYUKA.さんとOnoさんは、アーティストになるまでの道のりをはじめ、制作過程、服装、立ち振る舞いなど、清々しいほどに正反対。とはいえ、対極のふたりだからこそ、そこには互いに新たな発見があるのかも––––。そんな期待のなか対談ははじまりました。

今回のプロジェクトはどこで知ったんですか。

ABEYUKA.アートコンペにはよく参加していたので「これ参加してみない?」という感じで、友人が募集を見つけてきてくれたんです。海外には「リーガルウォール」といって自由に描いていい壁があるので、そこで描いたことはあったのですが、本格的な壁画に挑戦したことがなかったので、ずっとやってみたいとは思っていました。

ABEYUKA.さん。

Ono私も家の壁とかには描いたことはありますが、大きな壁画ってなかなか描けないですよね。ふとインスタグラムを見ていたら今回のプロジェクトの募集広告が流れてきて、メンターのYUSEI SAGAWAさんが知り合いだったこともあり、応募してみました。

ABEYUKA.そういえば1次審査の面接のときに応募者数が発表されていて、応募総数200名以上で倍率が100倍超えだったんですよ。で、それ見たときに「絶対に受かりたい!」と思って(笑)。

Ono私はそもそも、倍率100倍が多いかどうかも正直わからなかったかも…。

ABEYUKA.いやいや、アートコンペで倍率100倍はすごいことだよ!藝大の入試ですら倍率40倍ぐらいだから…とんでもない数字だと思う。

Onoたしかに、そう聞くとすごいですね。

ABEYUKA.だから最初は「選ばれればいいなぁ…」くらいの感じで応募したのですが、後から「これは絶対に負けたくない!」と火がつきましたね。

Ono私はこれまでコンペに通ったことがなかったので「挑戦して損はないし、落選しても落ち込まないように」くらいの気持ちでしたね。なので、通ったときは嬉しいという気持ちよりも、どうしようって不安とか怖い気持ちの方が強くて。周囲は喜んでくれているけれど、私はそれどころじゃない…みたいな(笑)。

Onoさん。

作品テーマは、ABEYUKA.さんが「Colors of the City」、Onoさんが「Sounds of the City」ですよね。

ABEYUKA.募集要項のテーマを見たときに「私はColors of the Cityだ!」と、パッと頭に浮かんだんですよ。だから「BnA_WALLの大きい壁の方で、Cityをテーマに描きたいです」って面接の時点で伝えて。Onoちゃんは音楽が好きだからSoundsの方を選んだんでしょ?

Onoそうそう。私も面接の時点で「THE A.I.R BUILDING(以下:エアビル)の方で描きたい、テーマはSoundsの方がいい」とお話しました。お互いがやりたいこと、描きたい場所が最初から明確だったんですよね。

描く場所が変わっていたら、描く絵が変わっていた可能性もあるのでは?

ABEYUKA.&Onoそうですね。

Onoエアビルのキャンバスは建物との間の細い通路にあるので、引いて見ることがあんまりできてなくて。だから描いたラフと照らし合わせて「こんな感じかな?」と描き進めていった感じですね。

エアビル。細い通路の先にカフェの入り口がある。

ABEYUKA.私がエアビルで描くことになっていたら、もっとゆるい感じの絵にしていたかも(笑)。あとは制作がちょうど夏だったこともあって、私のいたBnA_WALLはエアコンがガンガンで。逆にOnoちゃんは屋外だから暑かったよね?

Onoもう1日が終わるころには汗がびちゃびちゃだったので「室内がうらやましいな…」とは思いつつも、人通りのある屋外ならではの良さもありましたね。たとえばランチ時にビルに来る方々が制作風景を見て、「わー!すごいー!」って声を上げてくれた時にはテンションが上がりましたね。日本橋はビジネスマンが多くて、“グレイッシュな空気”みたいなものが漂っていたので、そういう中で私の絵が新鮮に映ったんだろうなって思います。

エアビルでの制作風景。

ビルに来る人や行き交う人が思わず足を止めてみる中、黙々と制作に励むOnoさん。

ABEYUKA.オーディエンスがいるとテンションも上がるよね。私はずっと室内にいて今が何時かさえわからず「もうそんな時間なの⁉︎」みたいな。

Ono基本的に描いているときは一人だったけど、エアビルを訪れたお客さんだけじゃなく、エアビルのオーナーさんや働いているスタッフの人たちとコミュニケーションを取る機会も多かったので、それも楽しかったですね。

ABEYUKA.私の場合はキャンバスが巨大すぎて一人で描くと手首が死んでしまうので、ぺんてるの社員さん20名ほどに塗りのお手伝いをしてもらいました。入れ替わり立ち替わりで来て、作業に慣れたころには帰ってしまう(笑)。そういう状況だったので、ディレクションをどうしようかというのは、制作前からずっと考えていましたね。

BnA_WALLでの制作風景。

巨大な壁にプロジェクターで下絵を投影し、それに沿って描いていったABEYUKA.さん。色塗り工程ではぺんてる社員も参加しました。

OnoでもABEYUKA.さんの現場って、人数が多いけれども静かでしたよね。

ABEYUKA.そうなの。いつも驚かれるんだけど、基本的に制作中は集中したいので音楽だったり音はつけないんだよね。反対にOnoちゃんは音楽かけて気分を乗せてみたいな(笑)。

Ono制作に娯楽を入れて…っていうタイプなんで(笑)。

ABEYUKA.その違いが、おもしろいよね。正反対の我々を選んだのは、いいセレクトですよ、きっと(笑)。

03描く場所とイメージが合致した「City=日本橋」。

作品イメージはどのように固めていきましたか?

ABEYUKA.BnA_WALLに来る前はファンキーで派手なシティのイメージを考えていたのですが、現場に来てみたらちょっと違うなと思ったんです。日本橋という場所的にもこれは合わないかな…と。だから全く系統の異なるラフを3案出しました。

Ono私は2案出したのですが、こっちを描きたいなと思っていた案を選んでもらいました。ぺんてるさんとエアビルの担当者の方と私の3者で、話し合って方向性を決めた感じですね。

ABEYUKA.「City」というので、せっかくならこの日本橋界隈の景色を入れたいと思っていたんです。そしたらすぐ近くに「江戸桜通り」というのを見つけたので、そこをビートルズのカバー写真でお馴染みのアビイ・ロードに見立てて物語性を持たせたいなと。人が行き交い、それぞれの人生の色が交錯することで物語が生まれる。そんなイメージです。

制作にあたり描いたラフ案。

実際に採用されたもの以外にも、いくつか検討したそう。

Ono私は「City」と聞いたときに、不思議とオフィスビルが集まる日本橋をイメージしたんです。今回の作品は「夜、東京の街、人」が音楽によって境界線がなくなり、音を楽しむといった五感のイメージを色や形で表現しました。とはいえ「Sounds of the City」というテーマは自分が描くうえで意識していただけのことなので「絵ってこんなにシンプルでもいいんだ」「自分も描いてみたいな」という風にポジティブな気持ちになってくれたらいいなと思いますね。

Onoさん制作ラフ。

「音」をさまざまな形で表現している。

Onoさんは独学でアートの道へ進んだのですよね?

Onoそうですね。美大に行けなくて周囲と比較して辛かった時期もあったのですが、コロナ禍で一回吹っ切れて、改めて好きなことに目を向けてみたら、どんどん吸収できた感じがします。私のようにやりたいところに行けなかったり、諦めちゃった人ってたくさんいると思うんですよね。だからこそ作る側になった今は、やりたいことや好きなことが素直に続けられる環境やきっかけを作っていきたいなと。

ABEYUKA.逆に私はアート業界にいるので、厳しい批評をされることも多いんですよ。だから制作への向き合い方は「いい作品をつくらなければならない」みたいな考えもあって。アーティストとして「人生」を大きなテーマにしてきたこともあり、今回も絵の中に「What is the color of your life?」という問いの言葉を書きました。見に来た人たちが絵の中の登場人物になって「自分の人生って何色なのかな?」というのを考えるきっかけになればいいなと。

Ono私は絵を通して色々な意見が生まれるきっかけになれたらいいなと思うんですよね。描く側としてテーマはあるものの、見る人がそこからプラスアルファを見つけた方がおもしろいのかなって。

作品に対する姿勢も正反対でおもしろいですね。

ABEYUKA.全然違うけれど、でも不思議と違和感はないっていうか。逆に違いがあってよかったなぁと思っています。同じ画材、スクールガッシュを使っていても、混ぜ方や色の使い方とかで全く違う感じになっているところとかおもしろいですよね。

Onoそうそう!私が混ぜると、どうしてもくすんだ色味になっちゃうのに、ABEYUKA.さんが使うと、こんなに発色のいい感じになるんだと思って。そこも対照的でおもしろかったですね。

制作にあたりぺんてるから画材の提供をさせていただきました。メインで使っていただいたスクールガッシュの使い心地はいかがでしたか?

Ono実は初めて使ったんですよ。友人に聞くと、みんな幼稚園や小学校で使ったことがあるようなんですが、私は学校でも使ったことがなかったので新鮮でした。

ABEYUKA.私は学校教材としては使っていたものの、作品で使用するのは初でしたね。作品の大部分を占めている色は混ぜて作ったものなんですが、混色って同じ色が二度と作れないので、描いている途中で色がなくなったときは焦りました(笑)。色によっては、すごく強いものがあったり。

Ono発色のよさは特長ですよね。混ぜ合わせたときに自分の想像していた色に届かなかいこともあるので、混色には結構な時間をかけて。反対に青系はすごく使いやすくて、ほぼ一発で塗れてしまうほどでした。

ABEYUKA.確かに、青系は充実していた!空を描いた「あお」と「そらいろ」は、そのままの色を使っています。反対に「きいろ」は三原色なので無いと困る色なんですが、求めているような色がなくて困りましたね。「やまぶきいろ」だとオレンジすぎるし…。

Ono確かに「きいろ」は難しかったですね。ABEYUKA.さんのインスタを拝見したときに、カラフルな色を使いつつもダークな雰囲気だったので、ポジティブな色が多いスクールガッシュを使ったら、どういう感じになるんだろうと思っていたんですよね。でも完成した作品を見たら「やっぱりABEYUKA.カラーになるんだ!」と。同じ画材を使ったうえで、それぞれの答えが違うというのは、今回のプロジェクトを通して学びになりました。

ABEYUKA.やっぱり、我々ふたりを選んでくれたのは、いいセレクトでしたよね(笑)。

全員(笑)。

04生業としてのアート、よろこびとしてのアート。

制作の中で新たな発見は何かありましたか。

Onoこれまでの制作現場は身近な人たちとのやりとりが多かったのですが、初めて関わる人たちが描く環境を支えてくれるというのは、体感しなければ分からなかったなと。

ABEYUKA.普段は一人で制作することが多いんですが、今回はぺんてるのみなさんがお手伝いに来てくれたんですよね。みなさん絵の具を使うのは小学校以来…みたいな感じだったんですけど、2時間ほど描いて「楽しかったです!」って帰っていくんですよ。そのときに「“描く”って楽しいんだ…」と思って。私にとってのアートは“仕事”ですし、完成した作品に楽しいか楽しくないかは求められないし評価もされなんです。でも、協力してくれたみなさんが楽しそうに塗っているのが新鮮で。それを見ているのが私は楽しかったですね。

制作にはぺんてる社員も参加。

制作にはぺんてる社員も参加。普段とは違う形でアートに触れ合う機会に、社員たちも表現するよろこびを感じました。

Ono反対に私は、制作に対して楽しい気持ちを大事に守ろうという精神が強いんですよね。「楽しい」って、ときにはどうでもいいことだと思うんです。ただ「楽しい」がないと、どこかで躓いたりするんじゃないかと思っていて。

ABEYUKA.Onoちゃんと私は、周りを取り巻く環境が少し違うんですよね。私は一応現代アートという世界にいて、コンセプチュアルな感じで、みんな難しいことを言ってるんですよ。その価値観だとアーティストにとって一番大事なことは「いい作品を作る」ことで、いい作品を作るために苦しむ必要があるのだとしたら、アーティストは苦しまなきゃいけない。本人が楽しいかどうかはいい作品を作る上では関係ないんです。もちろん人間として生きるために「楽しむ」ってことは必要なことですけど、アーティストとして求められていることではないんですよね。

Onoこうやって話をしているだけでも、めっちゃ勉強になります!

対極的なおふたりですけど、共通点はありますか?

ABEYUKA.仲間に支えられているところは、我々の最大の共通点ですね。ソロアーティストって、戦う時は一人なんですよ。けれども、仲間が支えてくれるから一人でも戦えるし勝てるっていう。

Ono今回お披露目イベントのときにも友人や仲間がエアビルに来てくれたのですが、私の絵がなければ出会わなかった人たちが集まって触れ合っているんですよ。絵が出会いのきっかけになることで、可能性の種が蒔かれる。そんな瞬間は表現するよろこびでもありますね。

ABEYUKA.私の絵は1ヶ月ほどで消されちゃうので、それをみんなが悲しいって言ってくれて。だから私も少し悲しい気分ではあるものの、消されることは最初からわかっていたことなので「まぁ、また描けばいいか!」と。

今後もPentel × Mural Rookies Projectは続く予定なので、1期生として後輩にアドバイスをお願いします。

Onoまだ先輩になりきれてない…。とにかく楽しんでくださいって言いたいですね。

ABEYUKA.先輩風を吹かせられるように頑張ります(笑)。

Ono屋外は屋外の大変さがあるし、屋内は屋内の大変さがあるし、手伝う人がいてもいなくても大変です。でも伝えたいのは「楽しめ!頑張れ!」ですね。

プロジェクト1期生であるおふたりには、今後ぺんてるのアンバサダーとしても活躍していただく予定です。東京・ニューヨーク・台湾を拠点に活動を続けるABEYUKA.さんには、海外に向けたアンバサダー活動を。竹や木といった自然素材とスクールガッシュとの相性のよさを見出したOnoさんはオブジェ制作をはじめ、子どもと楽しむワークショップなども考えているのだとか。アーティストの方々の“好き”を大切にするぺんてるでは、引き続きおふたりのアイデアを形にしていくお手伝いをしていきます。今後プロジェクトはどうなっていくのか…!興味のある方は、ぜひ、ぺんてるのアート情報発信Instagramやぺんてる公式noteを覗いてみてください。お待ちしております。

 

 

ぺんてる公式「Pentel for artists」Instagram
ぺんてる公式note

ABEYUKA.プロフィール

東京藝術大学油画科を卒業・修了後、東京を拠点に現代アーティストとして活動を始める。
2015年に文化庁新進芸術家海外研修制度にて拠点をNYに。2022年の帰国後にはアジアへと活動の幅を広げ、現在は東京・NY・台湾を中心に活動。カラフルでポップな作風に哲学的な意味を込め、大作油彩やインスタレーションや立体作品など、表現方法は多岐にわたる。

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Onoプロフィール

1997年生まれ。埼玉出身、板橋在住。音楽やダンスのように表現を通してコミュニケーションを取るアーティストに強い憧れを持ち、絵でそんなアーティストになれたら、という想いのもと活動中。アナログ制作を中心に、CDのアートワークやライブペイント、店内壁画、アパレル、イベント参加など、幅広く活動中。

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