表現する人々

手描き沼へようこそ!奥深きハンドレタリングの世界。 ハンドレタリング作家・bechoriさん

手描き沼へようこそ!奥深きハンドレタリングの世界。 ハンドレタリング作家・bechoriさん

01今この瞬間から始められる、ハンドレタリング

「おめでとうございます!」

ハンドレタリング作家bechori(べちょり)さんが、自身のワークショップでしばしば発するのがこの言葉。

「自然と口から出ちゃうんですよね(笑)。“描きたい”と思っていたものが、実際に“描ける”ようになるのってうれしいじゃないですか。だから、『おめでとうございます!』なんです。自分の描きたいと思っていた文字を描ける喜びを知ってもらえることが、僕自身本当にうれしいんです」

ハンドレタリングとは、フリーハンドで絵のように文字を描くこと。必要な道具は紙とペンだけ。今、この瞬間にも始められるアートです。オシャレなイメージがあることからセンスや手先の器用さが必要だと思われがちですが、「大丈夫です。誰でも、必ず描けるようになります」と太鼓判を押します。

さまざまな作家さんが、さまざまな書体で自らの表現を発信しているハンドレタリングの世界。その中にあって、端正で読みやすく、それでいて温もりがただようbechoriさんの文字は大人気です。

「印刷文字のような一定の規則性がある文字を、手で再現することが至上の喜び!『これ、手描きなんですか?』なんて驚かれるとたまらなくうれしいです」

作品発表の場でもあるInstagramのフォロワーは5万人以上。著書やワークショップでも、余すところなく自身の表現技法を公開していて、bechoriさんの文字をお手本にハンドレタリングを始める人が全国・全世界にたくさんいます。

bechoriさんのInstagramではさまざまな筆記具で、多彩な作風を披露。

「活字フォントのように見えるのに、ひとつとして同じ文字はないのが手描きのハンドレタリングならではの魅力なんですよね。インキのにじみ、筆記線の強弱やゆらぎ、インキの濃淡、かすれ具合。たとえば同じ書体の『あ』を描いても微妙に違ってくるので、描いた数だけ、描いた人の数だけの『あ』があります。パソコンやスマホが当たり前の時代だからこそ、ペン一本でできる面白い世界があることをぜひ多くの人に知ってもらいたいです」

bechoriさんの文字をきっかけにハンドレタリングに触れる人たちも、描くうちに自分らしい文字が描きたくなって、そこからまた新しい「描く」の世界が広がっていくのだそう。

「ハンドレタリングを愛する仲間が増えていくのが僕としても大きな喜びです。だから『おめでとうございます!』は、その楽しさに気づいたらあとはハマる一方の“手描き沼へようこそ!”の気持ちもあったりしますね」と楽しそうに笑います。

02人生を変えたハンドレタリング

bechoriさんを語るキーワード、それは文字に対する「謎の使命感」。

「記憶にないのですが、母親が言うにはチラシなどの印刷物に紙をかさねて文字を写し取って遊んでいたらしいんです。幼稚園入園前に読めもしない漢字を書いていたそうで(笑)。小学校では、『書かなきゃ』という謎の使命感のようなものが湧いて書道教室に6年通わせてもらったり……、そんな子どもでした」

学生時代は授業のノート作りに使命感をおぼえ、その才能を大いに発揮。授業そのものというより、“ノートを書く行為”に純粋な楽しみを見いだし、きれいで、わかりやすい参考書風ノートを目指して板書の書き写しにひたすら没頭。“ひそやかな自己満足”だったはずが、テスト前にはbechoriさんのノートが友達の手から手へ。しまいには学年中にコピーが出回り、文字が人を動かす面白さを経験したのだそうです。

……と書くと、まるで手描き伝道師としての人生を運命づけられてきたかのようですが、ハンドレタリングを始めるのは意外にもそれからずっとずっと後のこと。

「会社員だった2016年、一本のペンで美しいアルファベットを流れるように描く海外の動画を見て、再び“謎の使命感”が湧いてしまって(笑)。自分はこれをやるんだと確信したんですよね、不思議なことに」

突然にひらいたハンドレタリングへの扉。現在ほどハンドレタリングが知られていなかった当時の日本では、ワークショップやレクチャー本・動画も身近なものではなく、すべて独学でのスタートでした。

「お手本は海外の人が発信するInstagramやYouTube。描かれた文字を凝視して、ひたすら拡大して、どうやったらこう描けるんだろう?筆の運び、穂先の動かし方、線の描き方、力の入れ方……目で学んで、頭で考えて、手で描く、その繰り返しでした」

文字に隠れている秘密を、ひとつ、ひとつ、謎解きするような日々。会社員生活を送りながら平日3〜4時間、なんと休日は一日中、とにかく描いて描いて描きまくったそうです。

「練習というより、日々宝探しのような発見があり、描くことが楽しくて止まらない感じでしたね。もちろん最初は描けないし、下手くそ。でも一本の線にもワクワクして夢中で描くうちに、頭で思い描いたイメージが徐々に手で再現できるようになってくるとうれしくって。自分の好みの文字、描きたい文字も明確になっていくから興味と楽しさは広がるばかり。だから、どんどん描きたくなって、気づいたらもうこんな時間になっている、みたいな日々ですね(笑)」

誰かに見せるためではなく、純粋な楽しみとしてコツコツ描いた2年間。
成長の軌跡にとアップしていたInstagramからだんだんと話題になり、2019年にはレタリング作家として独立。当初は作風と名前から女性だと思われることも多々ありましたと笑顔をこぼしますが、今やハンドレタリングの第一人者として、作品発信に加えて、各地でのハンドレタリングのワークショップ開催や、文具メーカー社員向けの講習会など全国を飛び回ります。

表現する人であり、表現の楽しさを届ける人となった現在のミッションは、「手描きで文字を描く楽しみを届けること」。謎の使命感は、今、たしかな使命感となっているようです。

03何はなくとも、筆touchサインペンさえあればOK!

もし世界からぺんてるの筆touchサインペンがなくなったらどうなりますか?

不意の質問に「え、え、えー! そ、それは死活問題です」と見事なリアクションをみせてくれたbechoriさん。

というのも、ボールペン、万年筆、つけペン、ポスターカラー、画筆……多種多彩なペン・筆を使いこなして作品づくりに取り組み、アートブラッシュやミルキーブラッシュといったぺんてるの筆系製品もご愛用いただいているそうですが、なかでも筆touchサインペンは抜きんでて特別な存在。

「ハンドレタリングにはいろんな分野があるのですが、筆ペンを使う“ブラシレタリング”は僕が初めて取り組んだハンドレタリングの原点。その当時に出会い、ペンを試しまくった末に、今も愛用し続けているのが筆touchサインペンです。もともとは毛筆タイプの筆ペンで始めたのですが、穂先が長く、また太さも程よくあり、文字に強弱がはっきり出せるという利点の一方で初心者には取り扱いが難しい面があります。その点、細く、ペン先だけが小さく筆状になっている筆touchサインペンは、ペン先のバランスが絶妙で、硬すぎず、軟らかすぎず、丈夫で長持ちするからとても描きやすい。それになんといってもあのサイズ感。筆よりも小さくてコントロールがしやすいので、思うような線を描きやすく、携帯性もよいからどこでも描けちゃう。忖度ではなく本音ですよ(笑)。本当に使いやすくて、初心者にもぴったりなんです」

ワークショップでも参加者の方に筆touchサインペンを配っていただいているのだとか。

「僕ももちろん作品制作に使います。それに自分の中でちょっとスランプかなと思ったり、迷いが出てきてしまった時には、必ず黒の筆touchサインペンを握って白い紙に基本のアルファベットをひたすら描くんです。おもしろいもので筆記線にはコンディションが全部出ちゃうから、自分の心がブレてる時は線もブレるし、調子のよい時は線も美しいんですよ」

原点であり、自分の現在地を確認させてくれる筆touchサインペンは、bechoriさんの表現になくてはならない一本。

「絶対になくさないでください!今24色もあってうれしいんですが、できれば、もっともっと増やしてほしいです(笑)」

04“楽しい”にフルスイング。“描く”は日常のマインドフルネス

好きな言葉は、「Follow Your Heart」。
個人の楽しみだった「描く」が仕事となり、フォロワーやファンを多く持つ今も、人の目を意識しすぎたら本末転倒だと、あくまで「描きたい、好き、楽しい」を自身の真ん中に据えているのだそう。
「かっちりした文字が好きだったんですが最近はゆるっとした文字も描きたい気分が強くなってるんです」「うんと大きい作品も描いてみたい」……トライしたいこと、学びたいことが次々飛び出し、描きたい気持ちは大きくなるばかりだと目を輝かせます。

書体、用いるペンの色や質感、異なるペン・配色の組み合わせ、紙のチョイスで印象が変わるハンドレタリングの表現の可能性はまさに無限大。作品の一部を見るだけで、ペンと紙で、こんなにも自由で、こんなにも豊かな世界が紡ぎ出せるんだと魅せられてしまいます。

お手本と同じでなくて良い、人と比べなくて良い、きれいな文字じゃなくてもいい。何より自分が描きたい文字を描くことを楽しんでくださいとハンドレタリングを始める方にも語りかけます。

「『心のギアダウンをするつもりでゆっくり描いてください』、そうワークショップでは必ずお伝えするんです。いつもの『書く』とは発想を変えて、まったく違うものを始める気分で、スピードから変えてくださいって」

ゆっくり、ゆっくり。頭に描く描きたい文字、線が描けているか、ペンがどう動いているか、対話するように字と向き合うこと。それは忙しい毎日のなかで、自分の今、自分の心に触れる時間。デジタル製品に囲まれ、「早く、効率的に」が優先される世の中だからこそ、時には、ゆっくり、のんびりと。

「ある時、ゆっくり描くとすっきりしている自分に気がついたんです、あぁ、自分らしい文字を描くのは心の骨盤矯正なんだなって。頭をまっ白にして、ストレスや日々の雑音がすっと消えていく自分を取り戻す時間。どこでも手軽にできる瞑想=マインドフルネスじゃないかと思うんですよね」

カードやメッセージといった人の目に触れるものにはもちろん、手帳や日記、仕事のメモ。自分の毎日にお気に入りの文字が躍っていたらどうでしょう?想像しただけでもなんだかワクワクしてきませんか?
そう思った人は、bechoriさんのハンドレタリング動画をお手本に、ゆーっくり、一本の線を描くことから始めてみてはいかがでしょうか。

「おめでとうございます!」

自分にそんな声をかけたくなる瞬間が待っているかもしれません。

bechori(べちょり)

ハンドレタリング作家。神奈川県横浜市出身。2016年に海外動画でハンドレタリング・カリグラフィーの世界を知り独学で技法を学ぶ。独自のフォントを使った作品がSNSで話題を集め、2019年よりレタリング作家として活動を始める。精力的に作品制作に取り組みながら、ワークショップ開催やデモンストレーションを通して手描きの楽しさを伝える活動にも力を注いでいる。題字や作例の制作・監修多数、著書に『bechoriのカラフルハンドレタリング シンプルで美しい手描き文字レッスン』(メイツ出版)など。

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